離婚届の時限爆弾
大手メーカーでの勤めを上げ、65歳まで再雇用で走り抜けた。月々約17万円の年金を受け取り、これからは夫婦で穏やかな老後を送る。そう信じて疑わなかった。しかし、5歳下の妻・幸子が65歳の誕生日を迎えた数日後、私の日常は音を立てて崩れ去った。
食卓に置かれていたのは、すでに幸子の署名がなされた離婚届と、共有財産3000万円の半分、1500万円の分与を求める書面だった。
パニックになる私に、幸子は静かに、しかし決然とした口調で理由を語り始めた。
幸子が口にしたのは、10年前に他界した私の母のことだった。母と折り合いが悪かったのは知っていたが、まさかこれほどまでの恨みが残っているとは思いもしなかった。
お義母さんが亡くなれば、自由になれると思っていました。でも私は今も高橋家の嫁であり、死んだらお義母さんと同じお墓に入ることになる。それだけはどうしても耐えられない。
彼女は、こんな理由で、と思うかもしれない。でも私にとっては切実な問題、と繰り返した。あなたは悪くない。でも自由になりたい、と。私も必死に食い下がった。何も、こんな年になって離婚を選ばなくてもいいじゃないかと。しかし、彼女の意思は本当に固かった。
この話し合いを通して、私は思い知らされた。幸子が長年の母の介護や親戚付き合いで、どれほど心を削り取られていたか。私が守っているつもりで、実は何も見ていなかったことを。これ以上彼女を縛ることはできないと悟り、私は震える手で離婚届に判を押した。
彼女の希望通り、預貯金は半分に分割した。自分1人しかいないのだから、残り1500万円あれば生活には困らない。というより、何に使えばいいのか、何も思い浮かばない。きっと、このお金は1円も使わずに人生を終えるのだろう。そう考えると虚しくて、虚しくて……。
ガランとした一軒家で、私は今、終わりの見えない孤独と向き合っている。
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たそがれマイ・ラブ




