表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フェイドアウト断章  作者: 石藏拓(いしくらひらき)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

592/661

全力で投げるな「脱力」哲学

全力で投げるな「脱力」哲学

目次 キーワード 東洋的な「脱力」の技術 

イチロウと同じドラフト4位=>オリックス

愛読書「考えない練習」

追記 

序章

大谷翔平と並び、メジャーリーグで新たな歴史を書き加えつつある投手がいる。山本由伸。無名に近い存在から頂点へ駆け上がったその歩みは、記録と実績だけでは語り尽くせない。彼の周囲には、努力の裏側を知る者、少年時代の素顔を覚えている者、プロとしての変貌を間近で見た者たちの「証言」が残されている。

この証言集は、一人のスター選手を称賛するための本ではない。むしろ、山本由伸という人間がどのように育まれ、何を糧にしてきたのかを、周囲の声から浮かび上がらせる試みである。自らを語らない男の、沈黙の行間を埋めるための記録とも言える。

インタビューで多くを語らない彼は、謙遜し、感情を大きく見せることもない。だが、関わった人々の言葉をつなぐと、一つの像が見えてくる。勝利や栄光の裏側にある、静かな執念、誰にも見せなかった葛藤、そして、野球そのものへの純粋な愛。

読む者は気づくだろう。山本由伸は、ただ才能に恵まれた投手ではなく、「人に語られながら形づくられていく人物」であることを。

山本由伸投手の凄さ(プロの視点)

① 投球フォームの再現性と体幹の強さ

山本投手の最大の武器は、毎球ほぼ同じフォームで投げられる再現性の高さです。

体幹の強さと下半身主導のフォームにより、ボールの出どころがブレず、打者は球種を見極めにくくなります。

ポイント

テイクバックが小さくコンパクト

リリース時の頭の位置がほぼ一定

体の開きが非常に遅く、球持ちが長い → ボールが“見えづらい”

② 150キロ台の伸びるフォーシーム

球速だけならMLBには150キロ台投手は多数いますが、山本のフォーシームが特別なのは回転質です。

スピン効率が高く、「伸びてくる」球質で、MLB打者も手元で浮き上がる感覚を持つと言います。

指標的強み(NPB〜MLB共通)

回転数:平均2,500rpm前後

回転効率が非常に高い→ 見た目以上に“ノビる”

③ 世界トップレベルのスプリット

山本の代名詞とも言われる決め球。

手元で鋭く落ち、空振り・ゴロを同時に取れる球で、ストライクゾーンからボールゾーンへ自然に落ちる軌道を描きます。


プロが評価する点

フォーシームと初速が同じ → 見極め困難

リリースの感覚がほぼ同一

球速差が小さいのに落差が大きい(140キロ台で落ちる)

④ 緩急と軌道差で打者を崩すカーブ

110キロ台の大きなカーブは、速球+スプリット主体の投手には珍しい武器。

緩急が大きく、打者のタイミングをずらす“見せ球”として非常に効果的。

⑤ 投球術・ゲームメイク能力

山本はただ速くてキレのある球を投げるだけの投手ではなく、打者の反応を見て即座に配球を修正する能力が高い点がプロから評価されています。

初回はストレート中心で球質を見せ、2巡目以降に変化球配分を変える

「打たれた球」を次の打席では違う見せ方で活用する

失点後の立て直しが早く“大崩れしない”

⑥ メンタルの強さと勝負勘

大舞台に強く、WBCや日本シリーズなどプレッシャー試合で実力を引き出すタイプです。

制球が乱れても立て直せる冷静さと、勝負所でギアを上げる集中力が、エースの資質と言われます。

MLBで評価される理由

球質

ノビのある高速フォーシーム

MLB打者にも有効な球質

決め球

スプリットが世界トップ級

空振り・ゴロの両方取れる

配球

打者対応力が高い

メジャー流の戦略にも順応可能

精神面

大舞台に強い

“真のエース”に求められる資質


山本由伸は「球速や変化球の質」だけでなく、ゲームを支配できる頭脳とメンタルを兼ね備えた投手です。

その総合力こそが、NPBで3年連続投手5冠、ドジャースが史上最高額で獲得した理由です。


備前の風に育まれて:山本由伸の少年時代

岡山県備前市。瀬戸内海に面し、山林に囲まれたこの静かな町で、山本由伸は1998年8月17日に生まれた。

彼の原点は、野球と家族に彩られた日々の中にある。

由伸の名前は、父・忠伸さんの「伸」と母・由美さんの「由」から取られたもの。両親の想いが込められたその名は、彼の人生の指針となった。

父・忠伸さんは、東岡山工業高校で野球部に所属していた元高校球児。社会人になっても野球を続け、軟式野球で県代表として国体に出場したほどの実力者だった。由伸が小学生の頃、父がコーチを務める少年野球チーム「伊部パワフルズ」の試合を見に行ったことが、野球への興味のきっかけとなった。父は厳しくも温かく、息子の努力を誰よりも信じて支え続けたという。

母・由美さんは社交的で、地元の野球ママたちとも仲が良かった。由伸が高校進学で地元を離れる決断をしたときも、「あなたらしく頑張ればいい」と背中を押してくれた。

その言葉は、彼の挑戦心を支える大きな力となった。

姉は英会話が堪能で、弟に英語を教えていたという。英語の基礎を家庭で学んでいたことが、後のメジャー挑戦にもつながったのかもしれない。

由伸の実家は備前市浦伊部のつつじヶ丘団地にあり、自然に囲まれた環境で育った。地元の伊部小学校、備前中学校を経て、宮崎県の都城高校へ進学。

高校時代には、打者ごとに投球フォームを変えるほどの研究熱心さを見せ、指導者たちを驚かせたという証言もある。

彼の少年時代には、家族の支えと自然の中で育まれた感性、そして自らの努力が詰まっている。山本由伸の球には、ただの速さだけでなく、備前の風と家族の想いが込められているのだ。


運命を切り開いた一球の縁:宮崎への越境

故郷を離れるという決断は、未来への大きな賭けである。

しかし、時にその勇気ある一歩こそが、運命の扉を開く鍵となる。のちに球界を代表するエースへと上り詰める山本由伸少年が、生まれ育った岡山県を離れ、遠く宮崎県の都城高校の門を叩いた理由もまた、偶然と必然が織りなす 「えにし」 の物語に他ならない。

中学時代の山本少年は、非凡な才能を秘めながらも、まだ将来のビジョンが明確に見えているわけではなかったという。そんな彼の前に現れたのが、当時の岡山作陽高校コーチであり、進学のタイミングで都城高校の監督に就任することになっていた森松賢容氏だった。

森松監督は、その小さな体躯に秘められた無限の可能性を見抜き、熱烈に誘いをかけた。それは、ただのスカウトではなかっただろう。森松監督が山本の心に火をつけ、秘めていたプロへのスイッチを押す、運命的な呼びかけだったに違いない。

岡山から宮崎へ。地図の上では大きな隔たりだが、山本少年はその距離を、自らの未来を切り開くための "必要な試練"として受け入れた。宮崎は彼にとって縁もゆかりもない土地だったかもしれない。だが、そこには彼を信じ、導いてくれる指導者がいる。そして、先に進学していた気の置けない先輩たちの存在 も、新しい環境への不安を和らげ、彼の背中を押したことだろう。「行きます」

その簡潔な決意の言葉と共に、山本由伸の野球人生は加速する。都城高校での三年間、彼は見違えるように野球に真剣に取り組み始め、その才能は一気に開花した。

故郷を離れ、見知らぬ地で、一人の指導者との出会いを信じて踏み出した勇気。この宮崎への旅路こそが、「どこにでもいる、普通の野球少年」を、世界の舞台で活躍するトップアスリート・山本由伸へと変貌させた原点と言えるだろう。


都城高校での「未完の大器」

宮崎県の都城高校野球部で過ごした三年間は、後に日本プロ野球界、そしてメジャーリーグをも席巻する山本由伸選手にとって、「未完の大器」から「稀代の才能」へと飛躍する土台を築いた時間でした。

内野手だった山本由伸をピッチャーにしたのが森松さん。

2014年に都城高校に入学した山本由伸。

当時、実は内野手だった山本由伸をピッチャーにしたのが森松氏でした。

「最初は内野手で入学してきた。キャッチボールを見たときにボールの質とか投げる感覚が他の子と違うので、ピッチャーをやらせようというのは、早い段階で高校入学してすぐに思った」


「高校時代から彼にはマウンドでの所作とか、みんなが応援してくれる選手になろうねという話はしていたし、由伸で負けたらしょうがないというくらいの取り組みをしようねというのはずっと伝えていたので、そういう意味では今も体現してくれている」

山本由伸の高校時代を語る上で欠かせないのは、その天性の才能と、それを磨き上げる飽くなき探求心です。入学当初から、並外れた身体能力と類まれなるセンスは群を抜いていました。高校球児としては小柄ながら、彼の投げるボールは切れ味鋭く、打席に立つ者を圧倒しました。

独自の探求と成長

都城高校は、全国的な強豪校とは言えない環境でしたが、それが山本選手の独自の成長を促しました。彼は指導者の指示を待つだけでなく、自ら考え、試行錯誤を繰り返す探求型の選手でした。特に、彼の代名詞とも言える多彩な変化球と、その精度の高さは、この高校時代に培われたものです。

彼は、ひたむきに練習に取り組みましたが、チームとしては甲子園の土を踏むことは叶いませんでした。しかし、高校三年夏の県大会では、並々ならぬ気迫と圧巻の投球でチームを牽引。惜しくも敗れましたが、そのパフォーマンスはすでにプロのスカウトの目を釘付けにするものでした。

「都城」が育んだ精神性

都城高校での経験は、山本選手の精神的な強さの礎となりました。地方の公立高校という環境で、全国の舞台で戦うには何が必要かを常に考え続けた経験は、彼がプロ入り後、オリックス・バファローズで次々と前人未到の記録を打ち立て、海を渡った今もなお、謙虚さと向上心を持ち続ける姿勢に繋がっています。

都城高校の三年間は、山本由伸という大投手の「始まりの物語」です。甲子園という輝かしい舞台こそなかったものの、そこで積み重ねた努力と、自らの可能性を信じ続けた日々が、彼の野球人生を決定づける重要なピースとなったのです。


プロへの扉を叩く:都城からオリックスへ

都城高校で輝きを放った最後の夏、山本由伸は甲子園という高校球児の夢の舞台には立てませんでしたが、彼の名はすでに全国のスカウトたちの間で轟いていました。地方大会での敗退は、彼の野球人生の「終わり」ではなく、「始まり」を告げる汽笛でした。

山本選手の最大の魅力は、高校生離れした完成度の高い投球術と、未来への伸びしろでした。ストレートの球速こそ、当時のトップレベルの剛腕投手たちには及ばなかったかもしれませんが、彼の投げるボールは、打者の手元で鋭く変化する生きたストレートであり、それに加えて、多彩で精度の高い変化球を自在に操るセンスはまさに非凡。スカウトたちは皆、その潜在能力と野球IQの高さに魅了されました。

運命のドラフト会議

そして迎えた2016年秋のプロ野球ドラフト会議。

多くの球団が彼の獲得を狙う中、山本由伸はオリックス・バファローズから4位指名を受けます。ドラフト上位指名が有力視されていた彼にとって、4位という順位は意外に感じられたかもしれません。しかし、プロの世界で一から自らを証明しようとする山本選手にとって、この指名順位は、彼の内に秘められた反骨心に火をつける出来事でもありました。

都城高校で培った自己分析力と探求心、そして謙虚さ。これらがプロの厳しい世界で通用するかどうか、彼の挑戦がここから始まったのです。

プロの舞台へ

都城の太陽の下で基礎を築いた若き才能は、プロのユニフォームに袖を通し、さらなる高みを目指します。入団後、彼はすぐにその才能を開花させ、リリーフからスタートして、やがて球界を代表する先発エースへと成長を遂げました。

都城高校での三年間は、彼が「山本由伸」という唯一無二の投手になるための、静かなる、しかし最も重要な「助走期間」だったと言えるでしょう。


高校卒業後、オリックスにドラフト4位で入団し、後にメジャーリーグで成功を収めるという共通のキャリアパスを持つイチロー選手と山本由伸投手。これは単なる偶然とは言い切れない、運命的な符合を感じさせます。

ドラフト4位の「オリックス・ジンクス」

もし、オリックスのドラフト4位指名選手(特に高校生)がメジャーで活躍する。

一般的なドラフト戦略において、4位指名といえば、即戦力というよりは、 「時間をかけて育てる未完の才能」や「潜在能力は高いが課題も多い選手」 を指名するケースが多くなります。

イチロー選手は、その非凡な打撃センスを持ちながらも、当時の指導者には型破りな打法を理解されず、二軍での調整を強いられた時期がありました。山本投手も、突出した才能を持ちながらも、環境と指導の下で自ら考える力を徹底的に磨き上げました。

この「4位指名」という位置付けが、彼らの内に秘めた反骨心を刺激し、周囲に頼るのではなく、自らの力で道を切り開くという強靭な精神性を育んだのではないでしょうか。

イチロー: 独自の打法を貫き、球界を代表する安打製造機へ。

山本由伸: 独自のトレーニングと探求心で、球界最高の投手へ。

二人がオリックスという同じ土壌で、下位指名から這い上がり、世界最高の舞台へと駆け上がった事実は、「才能」と「環境」、そして「運命」が複雑に絡み合った、最高のスポーツストーリーとして、これからも語り継がれていくことでしょう。

ドラフト下位からメジャーで活躍した選手は、非常に「個性の強い」キャリアを持つため、エッセイとしてより深みのある物語になるはずです。

ドラフト下位指名の逆襲:メジャーの扉をこじ開けた「野心家たち」

プロ野球のドラフト会議。スポットライトは常に「1位指名」の選手に注がれますが、真の野球の物語は、むしろその陰から始まります。日本のプロ野球(NPB)でドラフト2位、3位、4位、そして育成枠といった下位指名から這い上がり、世界最高峰の舞台、メジャーリーグ(MLB)で成功を手にした選手たち。彼らは、 「ドラフト順位はただの通過点」 であることを、そのキャリア全体で証明しました。


Ⅰ. 「4位」が生んだレジェンドの系譜

ドラフト4位指名からメジャーの頂点へと駆け上がった二人のオリックス戦士、イチローと山本由伸の存在は、もはや運命的なジンクスです。彼らは、自らの才能を信じ、既存の常識に囚われない探求型の姿勢で、世界を驚かせました。

さらに、野手では、青木宣親や川﨑宗則といった、ドラフト4位・4巡目からの挑戦者たちが、メジャーの舞台で躍動しました。

青木 宣親(2003年 4巡目): 大学・社会人を経てヤクルトへ。その高いコンタクト能力とスピードはMLBでも通用し、主にリードオフマンとして数球団を渡り歩き、 「和製安打製造機」 ぶりを発揮しました。

川﨑 宗則(1999年 4位): ダイエー(現ソフトバンク)に4位入団。その泥臭いプレーと明るい人柄で、メジャーではレギュラーではなくても、チームの精神的支柱となりました。彼のキャリアは、技術だけでなく情熱と人間性が国境を超えることを示しています。

2位・3位指名から世界へ:強靭な意志を持つ挑戦者

ドラフト2位や3位でプロ入りし、NPBで実績を積み上げた上でメジャーへ挑戦した選手たちも、その成功は決して容易ではありませんでした。

岩村 明憲(1996年 2位): ヤクルトの主力として活躍後、レイズへ移籍。メジャーでは三塁手としてレギュラーを掴み、チームのワールドシリーズ進出に貢献しました。その粘り強いプレースタイルは、メジャーの舞台でも評価されました。

松井 稼頭央(1993年 3位): 西武の主軸として活躍後、メッツへ。日本人初の野手としてのポスティング移籍であり、走攻守揃ったスイッチヒッターとしての挑戦は、その後の野手のメジャー挑戦に大きな影響を与えました。

大家 友和(1993年 3位): 横浜に3位入団。MLBでは、自らマイナー契約から這い上がり、先発・リリーフとして10年以上の長期間にわたり活躍。そのキャリアは、 「諦めない者が最も強い」 という言葉を体現しています。

異色の武器と育成枠:マイノリティの逆転劇

リリーフ投手と育成選手という、MLBで最も需要が高く、かつ最も厳しいカテゴリーで成功を収めた選手たちもいます。

大塚 晶則(1996年 2位): 近鉄に2位入団。打者の手元で鋭く落ちるフォークボールを武器に、パドレスなどでクローザーとして活躍。日本人リリーフのメジャーでの地位を確立しました。

牧田 和久(2010年 2位): 社会人を経て西武に2位入団。その極めて稀な 下手投げ(サブマリン) は、MLBのパワーヒッターにとって脅威となり、独自の存在感を放ちました。

千賀 滉大(2010年 育成4位): ドラフト外同然の育成枠からスタート。メッツでエース格の活躍を見せる彼の物語は、 「努力と進化の可能性に限界はない」 という、究極のサクセスストーリーです。


ドラフト順位は、プロ入り時点の評価にすぎません。彼ら「ドラフト1位以外」の野心家たちは、それを逆手に取り、 「見返してやる」 という強い意志と、独自の技術を磨き上げることで、世界最高峰の舞台で自分たちの場所を勝ち取ったのです。彼らのキャリアは、全ての挑戦者にとって、希望に満ちた教科書と言えるでしょう。


原石の輝き:山本由伸、プロ一年目の「異彩」

2017年の春、パ・リーグの片隅で、一人の若い投手が静かにプロのユニフォームに袖を通しました。彼こそ、後の球界を代表するエース、山本由伸です。

ドラフト4位。当時の評価は、類稀な身体能力と未来への可能性を秘めた「期待の若手」という枠に収まっていました。まだ線の細い18歳は、多くの高卒ルーキーと同様、まずは体作りから、と二軍のグラウンドで汗を流すはずでした。

しかし、彼の一年目は、そんな常識の枠をはるかに超えた異彩を放ち始めます。

予感を運んだ一軍デビュー

高卒新人としては異例の早さで一軍に呼ばれた山本由伸は、そのマウンドで、我々が知る「由伸」の片鱗を隠すことなく見せつけました。

まるでベテランのような冷静なマウンド度胸。しなやかなフォームから繰り出されるストレートは、スピードガン以上の勢いをもってミットに突き刺さる。そして何より、後に彼の代名詞となる多彩な変化球への高い習熟度。特に、当時の高卒投手には珍しい高いレベルでの変化球の操り方は、解説者たちに「これはただ者ではない」という予感を抱かせました。

投手から中継ぎへ。異例の起用法が磨いた「芯」

シーズン後半、チームが彼に託したのは、タフな中継ぎという役割でした。これは、高卒投手を育成する上では異例の試みです。しかし、この役割こそが、山本由伸の「芯」を鍛え上げることになります。

ピンチでの登板:常に緊張感のある場面で投げ続け、動じない精神力を培いました。

連投への対応:プロのタフな日程に対応できる強靭な肉体とリカバリー能力を身につけました。

役割の変化:先発へのこだわりを捨て、チームのために与えられた役割で結果を出すというプロ意識を確立しました。

その結果、彼は高卒新人としては球団23年ぶりの勝利を挙げ、シーズン最終盤には高卒新人としてNPB史上初のシーズン30ホールドポイントを達成するという、驚異的な記録を打ち立てたのです。

この一年目の中継ぎ経験は、彼が後に3年連続で投手四冠、沢村賞を獲得する先発投手へと進化するための、何物にも代えがたい「下地」となりました。プロの厳しさと、そこで結果を出す喜びを同時に味わった一年。

山本由伸のプロ野球人生は、期待の原石が、すでに輝きを放ち始めた「異例の一年目」から始まっていたのです。



山本由伸選手は、プロ入り後すぐ圧倒的な結果を出した印象が強いですが、彼のキャリアを大きく変えるきっかけとなった、一度立ち止まらざるを得なかった重要な挫折と決断の経験があります。

これは、彼の代名詞とも言える 「独自の投球フォームとトレーニング哲学」を確立する原点 となった出来事です。


プロ入り直後の「右肘の悲鳴」とフォーム改造

山本選手が日本のプロ野球で直面した最大の壁は、 プロ入り1年目の終盤から2年目にかけての「右肘の問題」 でした。

1. 身体が耐えられないほどの高い出力

2017年に高卒ルーキーとしてプロ入りした山本選手は、その規格外の出力で一軍でも結果を出しました。しかし、当時のオーソドックスな投球フォームは、彼の高い投球エネルギーに耐えられず、右肘に大きな負担をかけてしまいました。

症状: 登板後、右肘の張りがひどくなり、痛みと違和感が続きました。病院や整骨院を回っても、明確な原因が特定できないという苦しい状況にありました。

危機感: 彼は、このままではプロとして長く投げ続けることはできない、という投手生命に関わる危機感に直面しました。

2. 「フルモデルチェンジ」という大決断

この肘の悲鳴に対し、山本選手はただ治療に専念するのではなく、根本的な解決に踏み切ります。これが、彼の野球人生における最大の挫折からの脱却であり、転機となりました。

投球フォームの変更: それまでのフォームを捨て、右腕を大きく後ろに伸ばして投げるなど、全身の連動と軸を重視した独自のフォームへと大胆に改造しました。

得意球の「スライダー」封印: 高校時代からの得意球であり、自信を持っていたスライダーを封印するという、異例の決断を下しました。

理由: スライダーは曲がりが大きい分、肘への負担が非常に大きい球種です。「先のことを考えても、こんなに肘に負担をかける球に頼るのは違う」と判断し、負担の少ないカットボールなどを習得しました。

挫折を乗り越えた後の覚醒

この「肘の問題」と、それに対する「フォームと球種のフルモデルチェンジ」という試練を乗り越えたことで、彼は 「自分の身体に合った、無理のない投げ方と鍛え方」 という独自の哲学を確立しました。この哲学と、徹底した自己管理が、その後の投手四冠や沢村賞といった前人未到の成績へとつながっています。


このフォーム改造のきっかけとなった肘の故障と、その後の独自のトレーニング哲学の確立こそが、山本選手が日本のプロ野球で経験した最も大きな挫折であり、同時に最大の飛躍の原点と言えます。


山本由伸投手がプロ入り後に経験した挫折と、そこから彼の投球術の根幹となった 「スライダー封印」と「フォーム改造」 について、さらに詳しく掘り下げて解説します。


覚醒させた「二つの封印と改造」の詳細

山本由伸投手の挫折からの復帰は、単なるリハビリではなく、「常識を捨てる」という大きな哲学転換でした。

1. 得意球「スライダーの封印」の真実

山本投手がスライダーを封印したのは、ボールのキレや通用しないと感じたからではありません。

封印の理由:肘への負担

スライダーは曲がりが大きい分、打たれないためには思い切り腕を振って投げ込む必要があります。彼は、これを続けていると肘への負担が非常に大きいと感じました。

長期的な視点での決断

まだ体が完全にできていない若いうちに、肘に大きな負担をかける球種に頼り続けるのは、 プロとして長く活躍する「先のことを考えても違う」 と判断しました。

代わりの球種への転換

スライダーを封印する代わりに、彼は肘への負担が少なく、打者を打ち取れる球として、カットボールを習得し、主力球種の一つに育て上げました。これは、一時の成績よりも、投手生命を優先した非常に冷静なプロの決断でした。

シーズン中、勝負どころで捕手のサインに首を振り、自らスライダーを選択してピンチを切り抜けるほど自信を持っていた球を封印したという事実は、彼がいかに強い危機感を持ち、未来に賭けたかを示しています。

2. 投球フォームの「フルモデルチェンジ」

スライダー封印と並行して行ったのが、投球フォームの根本的な見直しです。

従来のフォームの問題点

プロ入り直後のフォームは、彼の高い出力に身体、特に肘が耐えきれない状態でした。投球時に右肘に負担が集中してしまう投げ方だったのです。

「東洋的身体論」に基づく改造

彼は、西洋的な筋力増強ではなく、体幹(軸)と全身の連動性を高める独自の運動理論(BCエクササイズなど)に出会います。この理論に基づき、フォームを大きく変更しました。

改造の方向性: 右腕を大きく後ろに伸ばすなど、それまでの常識とは異なる独特な形になりました。しかし、この改造は、体全体の力を効率よく使い、肘への負担を分散させることを目的としていました。

このフォーム改造は、専門家から多くの疑問を投げかけられる異質なものでしたが、山本投手は「自分にとって合理的な練習方法」だと納得し、 「自分の頭で考え、やり抜く」 という強い意志を持って継続しました。

この挫折と、そこからの徹底した自己改革こそが、彼を「規格外」の絶対的エースへと押し上げた原動力となったのです。


優勝請負人と言われるメンタルはどう鍛えたのか?

山本由伸投手が「優勝請負人」と呼ばれるほどのメンタルを鍛え上げたプロセスには、彼自身の独特な思考法と、それを可能にする徹底した準備が深く関係しています。

彼は「特別なことをする」のではなく、「やるべきことを、いかに日常で徹底するか」という姿勢を通じて、大舞台のプレッシャーを乗り越えています。

1. 究極の「今に集中する」思考法

山本投手のメンタルの強さの核にあるのは、過去や未来にとらわれず、「今、この瞬間」に意識を集中させる能力です。

「考えること=楽しい」という感覚:

彼は、試合前の調整期間に「次どうしよう?」「どうすれば勝てるか?」と考える過程自体を「楽しい」と捉えているそうです。不安やプレッシャーを否定するのではなく、それを目標達成のための思考プロセス(考えること)として楽しみ、前向きなエネルギーに変えています。

「無心で野球少年に戻る」:

マウンドに上がった後は、過去の後悔や未来の不安といった「雑念」を切り離し、「無心で野球少年に戻る」感覚で投球に集中すると語っています。これは、試合中は思考ではなく、日々の練習で培った身体の感覚にすべてを委ねるという、研ぎ澄まされた状態を示しています。

「完璧を求めすぎない」姿勢:

「打たれちゃダメだと考えると、知らないうちに自分を苦しめることになる」と語るように、彼は大舞台でも完璧を求めすぎません。「打たれた経験があるから楽しい」という言葉は、結果の失敗すらも受け入れ、次に繋げる糧と考える彼の柔軟なメンタルの強さを象徴しています。

2. 独自のトレーニングによる「集中力の強化」

彼のメンタルの安定は、単なる精神論ではなく、日々のフィジカルとメンタルを同時に鍛える独特な調整法に裏打ちされています。

不安定な状態での集中:

ドジャースのチームメイトが感心するほど独自のトレーニングを取り入れており、その目的の一つは「心地よくないポジションに自分を置きながらも集中する」ことだと言われています。

これは、身体的に不安定な状態にあっても、常にリラックスし、平常心を保つ訓練であり、試合中の極度の緊張下でもパフォーマンスを発揮できるメンタルの土台を作っています。

徹底した自己管理:

食事の改善やウェイトトレーニングに頼らない独自の体幹トレーニングなど、フィジカル面で不安要素を極限まで減らすためのストイックな自己管理が、マウンドでの自信と余裕に繋がっています。

つまり、山本投手のメンタルは、「優勝請負人」として大一番で結果を出すために、試合で直面するプレッシャーを、日常の「徹底した準備」と「今を楽しむ思考」によって、あらかじめコントロールできるように鍛えられてきたと言えるでしょう。


山本由伸投手のメンタルと愛読書について、さらに詳しく掘り下げます。

彼の強靭なメンタルは、生まれ持ったものではなく、徹底した自己分析と日々の訓練によって築かれたものです。

メンタルの強さを支える「思考法」と「独自の訓練」

山本投手は、プレッシャーを克服するために、フィジカルとメンタルの両方から「今」に集中する訓練を重ねています。

1. 「心地よくないポジションでの集中」訓練

ドジャースのチームメイトも驚いたという、山本のルーティンには、西洋のトレーニングとは一線を画す独自の要素が含まれています。

訓練の目的: 身体が最も不安定で不快な状況(心地よくないポジション)にあるときでも、リラックスし、集中力を保つことを目的としています。

効果: この訓練により、試合中の極度の緊張や、予想外のトラブルといった「不安定な状況」に直面しても、平常心を保ち、自分のピッチングに専念できるメンタルコントロール能力が鍛えられています。これは、プレッシャーのかかる場面でも「いつも通り」のパフォーマンスを発揮できる秘密の一つです。

2. 「壁当て」が磨く再現性と集中力

彼がプロ入り後も調子が悪い時などに実践しているのが、シンプルな「壁当て」です。

再現性の向上: 壁に当たったボールのコースを視覚で確認することで、狙った場所への投球の再現性(同じフォームで同じ球を投げる能力)を高めています。

「今」への没頭: 壁当ては一人でもでき、自分のペースでテンポよく続けられます。彼はこの単調な練習を「実戦をイメージして集中して没頭できる」と語っており、余計なことを考えずに投球動作に集中するための最高の訓練になっています。

3. 「考えること」を楽しむ哲学的アプローチ

前述の通り、山本投手のメンタルの根幹には「楽しむこと」があります。

不安の受け入れ: 「次どうしよう?」と考えるのは、一見すると不安のように見えますが、彼はこれを「不安と向き合って前に進めている」証拠だと捉えます。課題や不安を否定せず、それを解決するための思考プロセスそのものを楽しみ、建設的な行動に繋げています。

山本由伸投手の愛読書・影響を受けた本

山本由伸投手の口から直接、特定の愛読書として名前が挙がったものとして、以下の本が知られています。

『考えない練習』

著者: 小池龍之介

概要: 僧侶である著者が、心を疲れさせる「考えすぎ」を減らし、雑念から解放されるための具体的な実践法を説いた本です。

山本投手への影響:

これは、彼がマウンド上で実践している「無心で、少年に戻る」という考え方と強く結びついています。過去や未来ではなく、今この瞬間の投球に集中し、余計な雑念を捨てるための具体的な精神論として、彼のメンタル形成に大きな影響を与えたと考えられます。

彼の強さは、最新技術と古来からの精神論を融合させた、独自の哲学に支えられていると言えるでしょう。


山本由伸投手の愛読書、『考えない練習』については、単なる自己啓発書というより、仏教の教えに基づいた、現代人が抱える「心の疲れ」や「雑念」を解消するための実践的なガイドブックです。


山本由伸投手の愛読書『考えない練習』

この本は、僧侶である小池龍之介氏が著したもので、心を疲れさせる原因である「考えすぎ」や「雑念」から解放され、 「今ここ」に集中するための実践的な仏教メソッドを解説したガイドブックです。

「考えない」ことの真意

本書が推奨する「考えない」とは、思考を停止させることではなく、無駄な考えを捨てることを意味します。私たちの思考の大部分を占める過去への後悔や未来への不安、他者への批判といった、今の行動には不要な雑念を断ち切ることを目的としています。

思考をストップさせる代わりに、自分の呼吸や五感(聴覚、触覚など)といった「今、この瞬間」 に意識を集中させ、心を現在に留める練習を推奨しています。これは、仏教における「マインドフルネス」の考え方に通じています。

山本由伸投手への影響

山本投手がマウンドで目指す「無心で、少年に戻る」という境地は、この本の考え方と深く結びついています。

彼は、この教えを実践することで、以下の効果を得ていると考えられます。

雑念の排除: 試合中に「もし打たれたらどうしよう」といった未来の不安や、過去のミスへの後悔といった心を消耗させる思考を排除します。

パフォーマンスの再現性: 思考をシンプルにし、ボールを握る感触や呼吸のペースといった 「今」 の五感に集中することで、日々の練習で培った身体の動作が最大限に発揮され、最高のパフォーマンスの再現性に繋がります。

彼が実践する「壁当て」も、この哲学に基づき、ボールの跳ね返りという「今」の現象に意識を集中し、思考を介さずに身体を動かすための訓練となっています。


彼の哲学を紐解くための参考情報

彼の特異なトレーニングや考え方が注目されたことで、山本由伸選手をテーマにした書籍が刊行されています。

『山本由伸 常識を変える投球術』

著者: 中島 大輔(スポーツ・ノンフィクション作家)

概要: これは山本投手が直接書いた本ではありませんが、本人や彼を支える周囲への徹底した取材に基づき、彼の「規格外れ」な哲学を深く解読した一冊です。

内容: 肘を曲げない投球フォーム、筋力トレーニングに頼らない肉体改造、そして「ブリッジ」や「やり投げ」を取り入れた独自のトレーニングの理由など、彼のピッチングの常識を覆す側面を分析しています。

影響: 彼の 「自分の頭で考え、実践をやり抜く」 という芯の強さや、独自のトレーニング理論の背景を知る上で、非常に参考になる書籍です。

哲学のヒントとなった分野

彼の「心地よくないポジションでの集中」や、ウェイトトレーニングに頼らない体作りは、武術や東洋的な身体操作、そして独自の運動理論に強く影響を受けています。

武術・東洋の身体論:

彼のトレーニングには、強さと柔軟性、そして心身の調和を重視する東洋的なアプローチが色濃く反映されています。これは、過去の偉大なアスリートや武術家が実践してきた哲学に通じるものです。

BCエクササイズ:

彼のトレーニングの理論的支柱の一つとされるもので、これは特定の書籍というよりは、彼を指導するトレーナーから提供された、体幹を重視したユニークな運動理論です。

「考えない練習」が彼の心の使い方を示しているとすれば、「常識を変える投球術」は彼の身体の使い方と自己探求の姿勢を深く理解するためのヒントを与えてくれます。


「東洋的な身体論」は、西洋の解剖学や筋力トレーニングが主流とする身体観とは異なり、心と体が一体であるという「心身一如」の考え方に基づいています。これは、日本の武術や古武術、中国の太極拳などに共通する哲学です。

この身体論は、単に筋肉を大きくすることを目指すのではなく、内なるエネルギーの流れ、軸、そして全身の連動性を極限まで高めることを重視します。

重視される要素

「軸」と「連動性」の重視:

東洋の身体論では、身体の中心にある 体幹インナーマッスルを鍛えて「軸」を安定させることが基盤となります。そして、動作のエネルギーを地面から受け取り、足、股関節、体幹、腕へと途切れなく伝える「全身のしなりや連動」 を最も重要な要素と見なします。これは、山本由伸選手が突出した体格ではないにもかかわらず、爆発的なスピードとキレを生み出す投球術の源です。

「脱力」と「気の流れ」:

最大の力を生むためには、むしろ力むことを避け、脱力することが重要だと考えます。余分な力が入ると全身の連動が途切れてしまうため、必要な瞬間にだけ一気に力を込めるための訓練を行います。また、呼吸などを通じて、体の深部に意識を集中させ、 「気」や「内なるエネルギー」 の流れをコントロールします。これは、山本投手の愛読書である『考えない練習』の「今に集中する」という思考法とも深く繋がっています。

山本由伸投手のトレーニングとの関連

山本投手が採用する独自のトレーニングは、この東洋的な身体論を現代スポーツに応用したものと言えます。

BCエクササイズなどによる独自の体幹トレーニングは、まさに「軸の安定と体幹の強化」を目的としています。

「やり投げ」の動作を練習に取り入れているのは、足元から指先まで力を伝える「全身の連動・エネルギー伝達」を極限まで高めるためです。

さらに、 「心地よくないポジション」 での訓練は、心身一如の状態(リラックスと集中の両立)を追求するものであり、大舞台での動じないメンタルを確立する土台となっています。

山本投手の「常識を変える」投球術は、西洋的な考え方とは一線を画し、東洋的な「心身の軸と流れ」を追求することで実現していると言えます。


山本由伸投手のパフォーマンスを支えるBCエクササイズ

BCエクササイズとは

BCエクササイズとは、山本由伸投手の専属トレーナーである矢田修氏が考案した、身体の軸や連動性、そして動きの精度を高めることを目的とした独自のトレーニングメソッドです。

一般的なウェイトトレーニングのように筋肉を大きくする「筋肥大」を目的とするのではなく、 「筋肉をつけるより、体の使い方を整える」 という東洋的な身体観に基づいています。

1. 基本概念と目的

身体知の追求: 自分の身体の声に耳を傾け、「どうすればより良く動けるか」を探っていくという、極めて自己探求的なアプローチです。

内圧と体幹: 「身体の内圧を高めて、外の力感を抜く」というコンセプトを持ち、体幹を表面的な筋肉アウターマッスルではなく、内側から安定させるインナーマッスル主導の動きを目指します。

パフォーマンスの向上と怪我の予防: 正しい動作と筋肉の連携を身につけることで、投球動作などの精度を向上させ、特定の部位に負担がかかるのを防ぎ、怪我のリスクを低減させます。

2. BCエクササイズの具体的な要素:「5Bメソッド」

BCエクササイズの根幹を成すのは、以下の 「5B」 と呼ばれるメニューです。これらの多くは非常に地味なトレーニングですが、山本選手はこれを40分〜1時間、黙々と集中して継続しています。

Breath (呼吸): 腹式呼吸などを取り入れ、横隔膜や骨盤底筋群などを動かして身体の 「内圧」 を高め、体幹の軸を安定させる土台を作ります。

Bar (バー): バー(棒)を使ったストレッチや動作で、全身の柔軟性や関節の可動域を広げ、スムーズな連動に必要な可動域を確保します。

Bowl (ボウル): ボウル状の不安定な器具や、手や足の接地面を変えたトレーニングで、不安定な状況でもバランス感覚を養い、体の軸を維持する能力を鍛えます。

Board (ボード): 長さ約50cm、厚さ3.6cm程度のリンケージボードなど、不安定なボードの上で行うトレーニングです。これは、力みをなくし、体幹主導で立つ・動く感覚を体に覚え込ませます。

Bridge (ブリッジ): 体幹の深部を鍛えるブリッジ(体幹を反らせる)の姿勢など、特定の姿勢で安定させる練習を通じて、全身の筋肉の連携を強化します。

3. 山本由伸投手の覚醒との関係

山本投手がBCエクササイズをプロ1年目のオフから徹底したことで、彼を苦しめていた肘への負担が軽減し、投球フォームのフルモデルチェンジが可能になりました。

BCエクササイズが培った安定した体幹と全身の連動性が、「やり投げ」に象徴されるような、地面からのエネルギーを効率よくボールに伝える独自の投球メカニクスを支えています。

この「体の使い方を整える」という哲学こそが、彼の持続的な高パフォーマンスと「優勝請負人」と呼ばれる強靭なメンタルの土台となっています。


山本由伸投手が試合後にアイシングをしない理由は、彼自身の身体感覚に基づいた独自のケア哲学にあります。

これは、多くの投手が採用する一般的な習慣とは異なる、彼の東洋的な身体論に基づく自己管理の一環です。

1. 身体感覚と回復の重視

山本投手のアイシングをしない主な理由は、「アイシングをすると肩や肘が重く感じる」という彼自身の身体の反応にあります。

違和感の回避: 多くの選手にとってアイシングは炎症を抑える有効な手段ですが、山本投手は、冷却することでかえって筋肉が硬くなったり、本来の回復に必要な身体の感覚が鈍くなったりすることを懸念しています。

独自の回復促進: 彼はアイシングに頼る代わりに、ストレッチやBCエクササイズなどの独自のケアと柔軟性の維持を重視することで、疲労を最小限に抑え、自然な回復を促すアプローチを選択しています。

2. 肘の負担を減らす投球術

彼のアイシング不要の哲学は、単に「やらない」というだけでなく、 「アイシングが必要なほど肘に負担をかけない」 という自信の裏返しでもあります。

フォームの改善: プロ入り当初、肘の張りに苦しんだ経験から、彼は全身の連動と軸を最大限に生かし、肘への負担を分散させる独自の投球フォームに改造しました。

負担の少ない球種: スライダーを封印し、肘に優しいカットボールなどを習得したことも、投げた後のケアの負担を軽減する要因となっています。

つまり、山本由伸投手にとってアイシングは絶対的なケア方法ではないという判断であり、自分の身体が求める回復方法を追求した結果が、「試合後のアイシングをしない」という選択に繋がっています。


彼の「アイシングをしない」という選択は、彼独自のトレーニング哲学(BCエクササイズなど)と表裏一体であり、これもまた自己管理能力の高さを示しています。

山本由伸投手の投球フォームとトレーニング哲学は、まさに 「フル回転して投げる」ことによる疲労と負担を極力抑える ことを追求しています。

彼の投法は、単に力を抜いているのではなく、「効率性」と「再現性」を最優先に設計されています。



投球術が「疲れにくい」理由

山本投手がアイシングを必要とせず、年間を通じて高いパフォーマンスを維持できるのは、彼の投球フォームと、それを支えるBCエクササイズの哲学が、疲労を局所化させないことに特化しているからです。

1. 全身連動による「力の分散」

一般的な「フル回転」のイメージは、腕や肩に力を集中させることですが、山本投手の投球は真逆です。

体幹主導: 彼のフォームは、BCエクササイズで鍛えられた 強固な体幹(軸) を起点とし、足元から生まれるエネルギーを効率よく全身で伝達します。

局所への負担回避: 力を肩や肘といった特定の関節に集中させず、体全体で分散して使うため、局所的な疲労や損傷が起こりにくくなっています。これは、彼がプロ入り当初に経験した肘の故障からの教訓です。

2. 独自のトレーニングによる「回復力」と「安定性」

ウェイトトレーニングに頼らないBCエクササイズは、疲労回復の早さと動作の安定性を高めます。

柔軟性の維持: 筋肥大よりも関節の可動域と柔軟性を重視しているため、投げた後の筋肉の張りや硬直が起きにくいとされています。

再現性の追求: 「壁当て」や「考えない練習」の思考法により、常に同じフォームで安定して投げ続けることができます。フォームが崩れると無駄な力みや疲労が一気に増しますが、高い再現性により、毎試合の疲労の波を最小限に抑えています。

3. 東洋的な「脱力」の技術

東洋的な身体論に基づき、彼は脱力の技術に長けています。

必要な時だけ集中: 投球動作において、力を入れるのはリリースの一瞬だけであり、それ以外の動作は極力リラックス(脱力)を心がけています。この技術により、精神的・肉体的な無駄なエネルギー消費を防いでいます。

結論として、山本投手の投球術は、「最小限の力で、最大限の効率」を発揮するよう設計された、非常に理にかなった「疲れにくい投法」だと言えます。

山本由伸投手が実践している「筋肉じゃなくて体幹で投げる」という哲学は、彼の投球術の核心であり、東洋的な身体論とBCエクササイズに基づいています。

これは、投球のエネルギー源を表面の大きな筋肉アウターマッスルから、体の中心にある 体幹インナーマッスル へとシフトさせる考え方です。


「体幹で投げる」ことの具体的な意味

1. 投球エネルギーの源泉が違う

従来の野球の指導では、肩や腕の筋肉、広背筋などのアウターマッスルを使ってボールを投げることが重視されがちです。しかし、山本投手の投法では、投球エネルギーの源泉を以下のプロセスに求めます。

地面の力(GFF)の活用: 地面を蹴った反発力(Ground Force Feedback)を、まず股関節と体幹で受け止めます。

体幹の「軸」の安定: BCエクササイズで鍛えた体幹を、ブレない 「軸」 として機能させます。この軸が安定することで、身体の力を効率よく、ロスなく伝えることができます。

全身の「しなり」: 筋肉を力ませるのではなく、体幹と連動した関節と腱の「しなり」を利用して、エネルギーを末端(腕や指先)まで伝達します。

この方法だと、腕の力に依存する度合いが減るため、肩や肘への負担が極めて少なくなります。

2. 筋肉は「アクセル」ではなく「ブレーキ」と「連動」

山本投手の身体の使い方において、筋肉は主に以下の役割を果たします。

インナーマッスル(体幹): 軸の安定化とエネルギーの生成・伝達という、最も重要な役割を担います。

アウターマッスル(表面の筋肉): 腕の振り出しを制御したり、投球後の急激な減速ブレーキをかけたりする役割が中心となります。これは、投球の再現性を高め、怪我を防ぐために重要です。

つまり、「筋肉じゃなくて体幹で投げる」というのは、「腕の筋肉で無理やり投げるのをやめて、体幹と全身の連動という構造的な効率を最大限に利用して投げる」という意味合いになります。その結果、疲労が分散され、彼がアイシングを必要としないほどの高い回復力を維持できるのです。

――――――――――――――――――

2025年、山本はロサンゼルスの英雄となった。

投手分業制が常識となったメジャーの常識を覆し、仲間から「英雄」と讃えられた。名言「負けは選択肢にない」とともに、山本はMLBの歴史に新たな伝説を刻んだ。連日登板しドジャースを球団史上初の2連覇に導いた山本がMVPトロフィーを掲げる(11月1日) ERICK W. RASCOーSPORTS ILLUSTRATED/GETTY IMAGES。

ドジャースのワールドシリーズ(WS)制覇から2日後の11月3日、ロサンゼルスのドジャースタジアムで行われた優勝報告会で選手たちの先陣を切ってグラウンドに登場し、5万人の大歓声を浴びた山本由伸を見ながら、ロサンゼルス・タイムズ紙のディラン・ヘルナンデス記者がつぶやいた。「万が一、山本が来年から投げられなくなっても、もう大丈夫でしょう。ファンにとって彼は英雄。それくらいのことをした」。辛口で知られる同記者らしく決していい例えではないが、私は完全に同意した。山本は「それくらいのこと」をロサンゼルスにもたらした。【画像】山本のオリックス時代からメジャーにいたる成績一覧(2017-25)。

2023年オフにメジャーの先発投手史上最高額の12年総額3億2500万ドル(決定時のレートで約462億円)でドジャースと契約し、1年目の昨季は18試合に投げ7勝2敗、防御率3.00。右肩の故障で6月中旬~9月中旬まで約3カ月の長期離脱を経験しつつ、ポストシーズン(PS)では4試合に投げ2勝0敗、防御率3.86と活躍し、最終的にはチームに欠かせない投手として存在感を発揮した。ただ、3年連続で沢村賞を獲得したオリックス時代の山本を知る多くの野球ファンは「由伸ならもっとできる」と思っていたはずで、2年目の今季はその真価が問われていた。

今年2月のキャンプ初日、ブルペンから指にかかった力強い球を投げ込んだ山本に「今年は違う」と首脳陣、選手、スタッフの誰もが感じた。3月に東京ドームで行われたシカゴ・カブスとの開幕戦で開幕投手に指名されると、そこからは獅子奮迅の活躍。先発、救援問わず投手陣に故障者が続出するなか、シーズンを通してただ1人、先発ローテーションを守った。地区優勝後のシャンパンファイト中に取材に応じた大谷翔平も「由伸は1年間、ローテーションを実質1人だけ守ってフルシーズン投げてくれた。チームのエースだと思っている」と評し、この頃にはナインから全幅の信頼を置かれていた。

山本の2年目のPSは神懸かり的だった。まずドジャースファンの心をつかんだのは試合ではなく、ミルウォーキー・ブルワーズとのナ・リーグ優勝決定シリーズ第2戦の先発前日の10月13日の会見。「何としても負けるわけにはいかない」と日本語で発言し、「Losing isnʼt an option.(負けは選択肢にない)」と米メディアが意訳すると、すぐにTシャツが製作され、キケ・ヘルナンデス、ジャスティン・ディーンらナインが練習時に着用するほどチーム内で流行。一方、日本ファンの間では「言っていない語録」として大きな話題を呼んだ。

【MLBが「完投」を絶賛する訳】に象徴されるのが、10月14日のブルワーズとの第2戦。9回を111球で投げ抜き、3安打1失点で完投勝利。PSでの完投勝利は17年のジャスティン・バーランダー以来8年ぶり、日本人投手としては初。分業制が当然の現代野球では完投は希少だ。10月23日、ブルージェイズの右腕マックス・シャーザーは山本の完投勝利に「本当に才能ある投手。長いイニングを投げられる先発投手が大好き」と絶賛し、日本の投手育成法にも言及した。

10月25日のWS第2戦では105球を投げ4安打1失点、8奪三振でWS初完投勝利。01年のカート・シリング以来24年ぶりのPS2試合連続完投勝ちとなった。通算223勝、サイ・ヤング賞3度の同僚クレイトン・カーショウも「これが『野球が戻るべき姿』の兆しかもしれない」「ヨシなら150球でも投げられる」と語り、山本の投球は現代メジャーの育成に一石を投じるかもしれないと述べた。

その後、山本は中1日で延長18回、6時間39分の死闘となった10月27日の第3戦でも準備し、19回から投げる予定だった。本来は休養日だが、12、13回あたりから心の準備をし、延長15回には残る投手が山本とスネル、大谷だけという状況に。山本が投げられなければ36歳の遊撃手ミゲル・ロハスが投げる予定だった。延長18回にフリーマンのサヨナラ弾で終わり登板はなかったが、デーブ・ロバーツ監督が抱き締め感謝を示したシーンは日米の野球ファンを感動させた。

クラブハウスで山本は「19歳の頃は何でもない試合で投げて、10日間くらい投げられなかったりした。そこから何年も練習し、WSで完投した2日後に投げられる体になったのはすごく成長を感じた。矢田修という方がどれだけすごいかを証明できた」と語り、師事するトレーナーへの感謝を述べた。

「涙が久しぶりにあふれてきた」。なぜこの驚異的パフォーマンスが可能なのか。矢田氏のやり投げトレ、三点倒立、ブリッジなど体の使い方を覚えるトレーニングに加え、登板後にアイシング療法を全く取り入れない点が興味深い。山本によれば18歳ごろからアイシングをやめ、そのほうが翌日良い感覚で練習できたという。アイシングは一般的には回復を助けるとされるが、治癒過程を妨げる可能性もあると言われ、イチロー氏もアイシングをしないことで知られる。「いいと思った」ものを信じて取り入れる姿勢は、大谷とも共通する。

その後、山本は2勝3敗で後がない10月31日の第6戦に先発し、6回5安打1失点でWS2勝目。PS通算6勝はダルビッシュ有、田中将大を抜く日本人投手単独トップとなった。この試合後にロバーツ監督は「明日は総力戦」と述べ、山本は含まれないとしたが、翌第7戦で状況は一変。試合前にキャッチボールを行い、監督も「良ければやる気はあると言っている」と発言。1-3の5回裏、山本はスネルとともにブルペンへ。9回1死一、二塁の同点の場面で6番手として登板し、死球で満塁としながらも二ゴロとセンターフライで絶体絶命を切り抜けた。

延長11回1死一、三塁。カークのゴロをベッツがさばき併殺を完成させると、全員が山本に駆け寄り歓喜の輪が広がった。「みんなが自分のところに来てくれた時は、今までで一番の喜びを感じた。涙も久しぶりにあふれてきた」。日本人選手としては09年の松井秀喜以来2人目となるWSでのMVPを受賞し、胴上げ投手は13年の上原浩治以来2人目。

今季5度目のシャンパンファイトでは大谷が後ろから抱きかかえ、「彼が世界一の投手だと思っているし、チームもそう思っている。異論はないんじゃないかな」と称賛。WS3勝はランディ・ジョンソン以来24年ぶり、全て敵地での勝利は史上初だった。

伝説の裏側には矢田トレーナーがいた。第6戦後に感謝を伝えた山本に「明日、ブルペン投球できるくらいには持っていこう」と語り、山本は第7戦に向けて治療を続けた。矢田氏は「昨日より今日のほうが良い」と状態を見極め、山本は無心でマウンドに立った。昨季故障に泣いた右肩も、今季はチーム最多12勝を支え、PS6試合5勝1敗、防御率1.45という圧巻の数字を残した。

179試合を戦い抜き、開幕投手として始まり最後のマウンドにも立った山本は「限界を超えた感覚はない。新しい自分がいけるという自信になった」と語った。大リーグの歴史にまた新たな伝説が刻まれた。

【チームから尊敬される存在に】

山本の成長に欠かせなかったのがスネルとカーショウだった。スネルは登板後に映像を共に確認し助言を惜しまず、カーショウはカーブの握りを指南し、7月のブルワーズ戦でのKO後も30分以上キャッチボールで寄り添った。

優勝報告会のステージで山本は英語で「Losing isnʼt an option.」と語り、「言っていない語録」を自身の言葉として披露。「ありがとう!」と締めると5万人の観衆が沸いた。

2025年、山本はロサンゼルスの英雄となった。


――――――――――――――――――

追記


山本由伸:異次元のタフさと美しきルーティン

同メディアによると、山本はウェイトトレーニングではなく、呼吸法や柔軟性、ヨガのドリル、そして有名なやり投げを組み合わせたトレーニングに重点を置いているという。そんな日本人右腕の様子を、同僚のK・ヘルナンデス(キケ)が説明している。

「彼(山本)は独特なルーティンを持っているんだ。初日からそのトレーニングを始め、そのまま自分のルーティンを始めた。それから1シーズンが経ったワールドシリーズの第7戦でも同じものを続けている。彼のトレーニングの一貫性と、集中力は驚異的だ」

また、ウェイトルームでは毎回先発投手が選んだ曲が爆音でかかっているというが、山本に乱れはない。ムードメーカーのキケは、異文化に溶け込む難しさを説きながらも、1年目からチームに馴染み、結果を出し続けている山本をこう評する。

「あいつは初日から『自分には自分のやり方がある』って感じだった。周りにどう思われようと気にせず、自分に一番合ったスタイルを貫いていた。私のような人間が笑わせようとしたり、技を真似しようとしたり、周りでどれだけ音楽が垂れ流れていようが全く効かない。あいつの一貫性と取り組みへのブレなさ、そして集中力は本当に凄い。ちょっとクレイジーだなと思うぐらいだ」

確信に変わった「キャッチボール」の衝撃

キケはMLBキャリア11年で4球団を渡り歩いてきた。だからこそ、加入初日から我が道を歩んだ山本が際立って見えていた。「初めてヤマを見た時に正直、あんな小さい身体なのにウェイトトレーニングを全くやらないトレーニングスタイルじゃ、いつまで続けられるか、本当に大丈夫かって思った」と漏らす。しかし、その疑念はキャッチボールを目の当たりにした瞬間に「成功」への確信へと変わった。

「あいつは完全に自分の形ってものを作り上げていた。何よりも圧巻だったのはキャッチボールを見た時だ。本当に信じられないぐらいに軌道が綺麗なんだ。球界で最も美しいピッチングをする。一球ごとに間を取りながら、考えて投げている。違うと思ったらフォームを修正して、やり直すんだ。あれは時間を割いてでも見に行かなきゃ損だよ。まるでバックホームのように、400フィート(約120メートル)も離れたところから、軌道が一直線なんだ。あれで俺は『行ける』と思った。それぐらいに価値があるんだ」

理にかなった投球メカニクス

シーズン通してローテーションを守り切り、サイ・ヤング賞投票で3位、ワールドシリーズ(WS)では完投勝利など計3勝を挙げる異次元のタフさは、日々のトレーニングの積み重ねによるものだろう。

山本の投球フォームは力みがまったく感じられない。足も大きく上げなければ、反動を使うこともない。投げ出しはノーワインドアップ、セットでも変わらず、マウンドの傾斜を利用し、ホームプレートへ真っ直ぐに自重を利用し加速していく。筋力で運動ベクトルを生み出さないから、無駄な力は抜け、リラックスした状態からリリースの一瞬に力を注ぎ込むことができる。カーショウが称賛したのはこの一連の動きであり、山本は傾斜のない平地でのキャッチボールでも再現性を高める努力を怠らない。

また、彼のキャッチボールや遠投には一目置くべき「回転」の秘密がある。野球の練習の基本であるキャッチボールだが、投手にしろ野手にしろ『綺麗でまっすぐな、純粋な回転のボール』を投げる選手は意外と少ない。カットやシュート回転が多く、相手の胸に安定してボールが収まるキャッチボールを見せる選手ばかりでもない。その点で山本は本当に美しく、まさにお手本といえる。やり投げを用いたルーティンでも、そのやり先は常に真っ直ぐに伸びていく。

他にも山本は、重いバーベルを使った筋力トレーニングはしない。筋骨隆々よりもしなやかで柔らかい筋肉の方がケガには縁遠いとされるが、日本時代から山本を見てきたNPB関係者は彼の特徴をこう説明する。

「体の柔軟性、股関節と体幹の重要性を理解している選手。腱の瞬発力にも長け、それを活かして投げている」

進化する球種と「マダックス」への期待

メジャー2年目を迎え、山本の日本時代からの取り組みが米国の環境にもマッチしてきた。メカニックのベースが安定したことで、テクニックへの移行にも変化が見受けられた。

今季、スプリットは全投球の25%を占めたが、昨季は『スプリットフィンガー』だった小さい変化が、今季は『フォークボール』の大きい変化も見せるようになった。打者の90マイル台後半への対応力が上がる中、山本は緩急をつけ、大きな変化で打者を幻惑することに成功したのだ。また、持ち球6球種(直球、スプリット、カーブ、カット、シンカー、スライダー)の配分も変化。昨季88%を占めた主要3球種(直球、スプリット、カーブ)を79%に抑え、残り3球種のクオリティを高めて活用したことも大きかった。

WS第2戦で完投勝利を許したブルージェイズのジョン・シュナイダー監督は、その成長をこう捉えている。

「6つの球種を操り、序盤・中盤・終盤で全く違う配球をされた。まるで3人の投手を見ているようだった」

さらに、周囲からはこんな声も上がっている。

「球威で打者をねじ伏せるタイプなんだけど、繊細なんだ。ほぼグレッグ・マダックスと同じぐらいのコマンド(制球力)を持っている。そこがヤマを『特別な男』たらしめている」

サイ・ヤング賞4度、通算355勝を記録した伝説の右腕マダックスの領域へ。まだ27歳と伸びしろを残す山本が、今後どのような成長を遂げるのか、期待は高まるばかりだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ