日本生まれのアカデミー賞二度のハリウッド女優
日本生まれのアカデミー賞二度のハリウッド女優
ジョーン・フォンテイン(Joan Fontaine,1917年10月22日-2013年12月15日)は、アメリカの女優。
イギリス人の両親の間に日本で生まれ、1919年にカリフォルニア州に移住した。
フォンテインは1935年に舞台で女優としてのキャリアを始め、
同年にアメリカの映画会社RKOと契約を結んだ。
フォンテインは1940年に、アルフレッド・ヒッチコック監督作品『レベッカ』でアカデミー主演女優賞にノミネートされ、翌1941年に同じくヒッチコック監督作品の『断崖』でアカデミー主演女優賞を受賞した。
フォンテインはヒッチコックの監督作品でアカデミー賞を獲得した、ただ一人の俳優となっている
ハリウッドの黄金時代を彩った名女優、ジョーン・フォンテイン。
彼女の凛とした気品と、どこか儚げで理知的な美しさの源流を辿ると、
意外にも私たちの住むこの日本、東京へと行き着きます。
1917年、秋。彼女はジョーン・ド・ボーヴォワール・ド・ハヴィランドとして、東京の地で産声を上げました。父は東京帝国大学で教鞭を執る教授であり、姉は後に同じく大女優となるオリヴィア・デ・ハヴィランド。イギリス人一家として東京で暮らした幼少期は、彼女のアイデンティティの根底に、多文化的な色彩を添えることとなりました。
病弱だった彼女は、健康を考慮した母と共にわずか2歳でカリフォルニアへと渡りますが、日本との縁がそこで途切れることはありませんでした。10代後半、彼女は再び日本の土を踏み、東京の聖心インターナショナルスクールで多感な時期を過ごします。アメリカの自由な空気と、日本で培われた規律や情緒。その双方が、後にスクリーンで見せる彼女の重層的な演技の礎となったのは想像に難くありません。
アルフレッド・ヒッチコック監督の『断崖』でアカデミー主演女優賞に輝いた際、彼女が放った唯一無二のオーラ。それは、単なるハリウッドの華やかさだけではなく、東洋と西洋の狭間で揺れ動きながら育まれた、深い知性と慎み深さが織りなす「静かなる強さ」だったのかもしれません。
東京で生まれ、世界を魅了した一輪の花。ジョーン・フォンテインという女優を思い返すとき、私たちは彼女の微笑みの向こう側に、かつての東京の面影をどこか感じずにはいられないのです。
https://www.youtube.com/watch?v=xrdVilAzwXg&list=RDxrdVilAzwXg&start_radio=1




