ビートルズ もうライブはやらない
ビートルズ もうライブはやらない
ステージの袖で深呼吸を一つ、ジョンは皮肉な笑みを浮かべて暗闇を見つめた。
一歩踏み出した瞬間、数万人の肺から絞り出された絶叫が鼓膜を暴力的に叩く。
それは音楽への歓声ではなく、獲物を前にした飢えた獣たちの咆哮だった。
アンプの音量は最大だが、自分たちが奏でる旋律は熱狂の濁流に呑み込まれる。
ジェット機の離陸音にも似た騒音の中で、彼らは音の羅針盤を完全に失った。
ポールが叫ぶように歌っても、その声は自分の耳に届く前に宙でかき消される。
リンゴはただ、前の三人の腰の揺れだけを頼りにドラムの拍子を刻み続けた。
誰も聴いていない。誰も、彼らが研ぎ澄ませた音の機微など求めていなかった。
最前列では少女たちが白目を剥いて倒れ、祈るように両手を組み、ただ泣き叫ぶ。
そこにあるのは「音楽」ではなく、自我を投げ出すための凄惨な「儀式」だった。
かつてリバプールの地下室で磨き上げたコードワークも、ここでは無意味だ。
指が弦を滑り、リズムが狂っても、観衆は変わらず熱狂という名の弾丸を放つ。
「どれほど下手な演奏をしても、この悲鳴がすべてを隠してしまうんだ」
スティックを握るリンゴの胸に、冷ややかな空虚感と自己嫌悪が澱のように溜まる。
奏者としての矜持は、一曲終わるごとに砂利のように踏みにじられていった。
自分たちは音楽家なのか、それとも檻の中で狂乱を誘う見世物小屋の猿なのか。
スポットライトに焼かれながら、彼らの心は次第に冷徹な決意へと傾いていく。
このままでは、自分たちの中にある「音楽」が死んでしまうという恐怖。
最後の和音が鳴り響く中、四人は互いに視線を交わすこともなくステージを去る。
鳴り止まぬ絶叫を背に、彼らはもう、ライブという名の虚構に別れを告げていた。




