ゴシック文学とそのヴィクトリア朝の幽霊譚について
ゴシック文学とそのヴィクトリア朝の幽霊譚について
ゴシック文学は、18世紀後半のイギリスで、ホレス・ウォルポールの小説『オトラント城』(1764年)をもって始まったとされる文学ジャンルです。その名は、中世のゴシック建築(特に大聖堂)の陰鬱で荘厳な雰囲気に由来し、物語の舞台も廃墟や古い城、修道院など、過去の秘密や超自然的な出来事が潜む場所が選ばれました。
主な特徴としては、以下の点が挙げられます。
恐怖とサスペンス: 読者に不安や恐怖を感じさせることを主眼としています。
超自然的な要素: 幽霊、怪物、呪い、予言などが登場し、理性では説明できない出来事が頻繁に起こります。
感情の強調: 理性や啓蒙思想に反発し、激しい感情(情熱、絶望、狂気)や暴力が描かれます。
舞台設定: 暗闇、嵐、荒涼とした風景、幽閉された空間など、雰囲気を強調する設定が用いられます。
ヒロインの受難: 多くの初期ゴシック小説では、無垢なヒロインが暴君的な男性や不吉な運命に翻弄される構図が見られます。
ヴィクトリア朝の幽霊譚の確立
ゴシック文学の伝統は、19世紀のヴィクトリア朝時代(1837年〜1901年)に入ると、特に**幽霊譚(Ghost Story)**という独立したジャンルとして進化し、大衆的な人気を博しました。
流行の背景
科学と懐疑主義への反動: 科学技術の進歩と唯物論的な考え方が広がる一方で、人々は理屈では説明できないものへの強い好奇心と恐怖を抱き、幽霊譚はその精神的な空白を埋める役割を果たしました。
クリスマス文化との結びつき: 当時、クリスマスの夜に家族や友人が集まり、暖炉のそばで幽霊譚を語り合うという風習が定着していました。
出版の普及: 雑誌や定期刊行物が隆盛し、短編の幽霊譚が手軽に読めるコンテンツとして人気を博しました。特に文芸誌のクリスマス特別号などは、幽霊譚の主要な発表の場でした。
代表的な作家と作品
チャールズ・ディケンズ: 『クリスマス・キャロル』は、幽霊譚の形式を借りながら、社会批評と道徳的な教訓を融合させた傑作です。
シェリダン・レ・ファニュ: 彼の作品は、より心理的な恐怖やサスペンスを追求し、後のホラー文学に大きな影響を与えました。特に『カーミラ』は、吸血鬼文学の先駆けとしても知られます。
M.R.ジェイムズ: 20世紀初頭にかけて活躍しましたが、そのスタイルはヴィクトリア朝の伝統を継承し、学問的な背景を持つ登場人物と、日常に突然現れる不吉な超自然現象を描きました。
ゴシックの進化
ヴィクトリア朝以降、ゴシック文学の要素は純粋な幽霊譚の枠を超え、心理的な恐怖や人間の内面の闇を探求する方向に進化しました。
恐怖の心理化: エドガー・アラン・ポーやロバート・ルイス・スティーヴンソンの『ジキル博士とハイド氏』など、外面的な怪奇現象よりも、精神的な分裂や罪悪感がもたらす恐怖に焦点が当てられるようになりました。
社会ゴシック: シャーロット・ブロンテの『ジェーン・エア』や、エミリー・ブロンテの『嵐が丘』のように、古い屋敷や荒涼とした風景を舞台に、階級や女性の抑圧といった社会的なテーマをゴシック的な雰囲気の中で描く作品も現れました。
このように、ゴシック文学は単なる怪奇小説に留まらず、時代や社会の変化に応じてその形を変えながら、現代のホラー、サスペンス、ファンタジー文学にも多大な影響を与え続けています。




