人はワッコを引き抜いたという サンズリバーサイド外伝
人はワッコを引き抜いたという サンズリバーサイド外伝
映画の脚本家サキは、新たな舞台劇に挑もうとしていた。前回の舞台では、すべてを亀劇団に任せた。劇の脚本演出も、キャスティングも。次作も亀劇団に依頼したが、静観された。その沈黙の中、「青い靴下」が亀劇団によって上演される。思わず胸がざらつく。
ならば、とサキは小劇場を自ら借り、スピン劇団に任せることにした。台本やキャスティングも含めて全面的にスピンに任せた。
スピンは、前回エイジ役を演じた男優を年齢の問題で「だめだ」と退けた。そして、前回サキ役を務めた女優を、今回は愛理役にしたいと言った。サキは、その提案に戸惑いつつも、スピンが決めたのは平賀パパ役だけだと知り、重い責任が自分にのしかかっていることを理解する。
サキは、人生で初めてキャスティングに挑むことになる。
「人気歌手は名優になる」
そんな素人じみた発想に頼りながら、サキは歌手を探し回った。舞台演劇の世界にまだ足を踏み入れたばかりの彼女にとって、Facebook経由で俳優にオファーを出しても、無視されるのが関の山だった。前回の劇に出演した俳優たちに声をかけても、はっきりした返事は得られない。
そんな中、「ほっとハート」の朗読劇30周年記念イベントが開催されるという情報を耳にした。前々から気になっていたが、一度も観に行ったことがなかった。迷った末、荒川区に向かう。
後方の席に静かに腰を下ろしたサキ。劇そのものよりも、ある女性の後ろ姿に目が引きつけられる。凛としたその背中から、ただならぬ気配が漂っていた。
終演後、彼女はその女性に声をかけることなく会場を後にする。だが、その印象は胸に残り続けた。
数日後、サキは主催者に連絡をとった――その女性が誰なのかを尋ねるために。