平賀サキの誕生 サンズリバーサイド外伝
サキが見つかったのは、まだ夜が明けきらない早朝だった。
健康ランド「ビブレ」の裏手、消火活動が終わったばかりの宿泊棟跡。崩れかけたコンクリートの影に、すすだらけの毛布にくるまって、ひとり蹲っていた。
「……あなた、大丈夫?」
エステティシャンの紀子が声をかけると、少女はかすかに顔を上げた。焦げた前髪、焼け焦げたぬいぐるみを抱いたその手は、まだ赤くただれていた。
「サキ……」
近くにいたスタッフの誰かがつぶやいた。予約名簿に記載のあった名前。母親は宿泊客のひとりで、昨夜の火災で亡くなったと聞いていた。
事故は、サウナ棟とつながる簡易宿泊施設から出火した。漏電か、ヒーターの誤作動か――詳細はまだ分からない。だが、紀子の胸には、かすかな痛みが残っていた。
自分がその場所の一角で働いていたこと。見落とした何かがあったのではないかという疑念。
そして何より、目の前で呆然と座る幼い少女を、放ってはおけなかった。
「……私が育てます」
翌朝、紀子はオーナーにそう告げた。
オーナーは黙って煙草に火をつけ、しばらく何も言わなかった。
火災の責任は、彼自身が重く感じていた。
客が死んだ。そして、その子どもが遺された。たとえ設備上の過失がなくとも――「ビブレ」の敷地内で起きたことだ。それは、彼の人生の汚点として残るはずだった。
「名前、サキって言うんだってな」
「はい。まだ、四歳です」
「……だったらなおさらだ。責任は、俺にもある。おまえに託す。あの子の面倒と……この“ビブレ”の未来もだ」
紀子は目を見開いた。
「え?」
「俺の跡を継げ。ビブレは、おまえと……サキに任せる」
冗談のように聞こえたが、オーナーの目は本気だった。
もともと紀子は誠実で、客にも信頼されていた。だが、それ以上に――オーナーは、サキという存在に自分の罪の重さを見ていた。贖罪とは言わない。ただ、せめてもの責任として、未来を託す場所を用意したかったのだ。
紀子は黙って頭を下げた。
サキの手を引いて、ビブレの廊下を歩く。
かすかな温泉のにおい。誰かの笑い声。かつて母娘で泊まった記憶が、この子の心にどう刻まれているのかはわからない。
でも、自分がこの子に与える日々が、少しでも温かく残るように――それだけを願っていた。