父からの手紙
サキが二十歳になったとき、父の弁護士から一通の封筒を手渡された。
それは、亡き父からの手紙だった。
弁護士は静かに言った。
「遺言により、あなたが二十歳になったときに渡すよう、預かっておりました。」
その瞬間、サキは思わず息を呑んだ。父が亡くなったのは、もう五年前のことだった。突然の病で倒れ、そのまま戻ってこなかった。病気のことなど何も知らされておらず、葬儀のときに初めてすべてを知らされた。
以来、父のことを語る者はほとんどいなかったし、自分も思い出に蓋をして生きてきた。
弁護士は黙って席を外した。個室の応接室に、サキは一人残された。重みのある封筒の感触。表面には父の筆跡で、たったひとこと──「サキへ」。
指先がかすかに震えながらも、彼女は封を切った。
便箋は一枚。けれど、それを目にしたとたん、過去と現在とが交錯し、彼女の中で何かが音を立てて動き出すのだった。
サキへ
この手紙を読んでいる頃、おまえはもう大人になっているのだろう。
どんな人になったか、会って確かめることができないのが残念だが、きっと優しく、そして強い子に育っていると思う。
サキ、おまえにはずっと話さなければならないことがあった。
おまえの母は、三浦愛理という女性だった。穏やかで、芯のある人だった。
彼女は、私が経営していたホテルに宿泊していた夜──あの火事に巻き込まれ、命を落とした。
あのとき、まだ赤ん坊だったおまえは、部屋に取り残されていた。火のまわりは早く、正直、誰もが助からないと思っていた。
だが、ひとりの消防士が命を賭しておまえを助け出してくれた。彼の名は、モリオ。
モリオは、おまえに酸素マスクを当て、自分の防火服で包んで運び出そうとした。しかし彼は、出口に辿り着く前に崩落に巻き込まれ、帰らぬ人となった。
──おまえは、生き延びた。モリオの命と引き換えに。
私は、焼け跡で泣いていたおまえを、腕に抱いたとき、初めて「守らなければ」と思った。
自分のホテルが原因で、大切な人たちを失わせたその責任もあった。けれど、それ以上に──おまえが、ただ、生きていてくれたことが、奇跡のように感じた。
だから私は、おまえを引き取り、養女として迎えることを決めた。血のつながりはなかったが、それでもおまえは、私の娘だった。いや、娘以上に、私の人生そのものだった。
私の願いは、たったひとつだ。
どうか、おまえがこれからも、まっすぐに、自分の人生を歩んでくれること。
そして、できれば時々、母のことを──愛理のことを──モリオのことを、思い出してくれたら、それでいい。
心からの愛をこめて。
父より