ファーストシーンの良い例題
サキは黒板にチョークでこう書いた。
シーン1 夜の病院の屋上
若い看護師(22)が、ビルの縁に座っている少年(17)に近づく。
風が強く吹いている。
看護師「タバコ、一本ちょうだい」
少年「え、あんた吸うの?」
看護師「今だけ。そういう気分なの」
少年「……落ちたらどうすんの」
看護師「あんたこそ」
沈黙
少年「…姉ちゃん、誰か死んだの?」
看護師「まだ。けど、準備だけはね」
サキはチョークを置いて、生徒たちに向き直る。
このシーン、何が優れてると思う?
教室は静まり返っている。サキはゆっくりと語り出す。
登場人物は二人。説明は最小限。けれど、この一場面から見えてくるものはたくさんある。
ここが病院の屋上であること
少年が何かから逃げてきていること
看護師もまた、心に何か抱えていること
そして、言葉にならない共感がこの二人の間に生まれていること
サキは視線を教室全体に巡らせる。
ファーストシーンで全部語る必要はない。人間が立ち上がっていれば、それで観客はついてくる。
いいシーンというのは、すぐれた状況と対話で、背景やドラマを匂わせる。
言わない。でも、感じさせる。
少しだけ言葉を置くようにして、最後にこう締めくくる。
脚本家の最初の仕事は語ることじゃない。始めることよ。
観客の目と耳を開かせて、ここから何かが動き出す。そう思わせること。
それが、ファーストシーンで一番大事なことなの。