サンズリバーサイド外伝 妙見ゆりの誕生 その1
サンズリバーサイド外伝 妙見ゆりの誕生 その1
越谷を預かる地縛霊管理官のユリは、その日、閻魔庁からの呼び出しを受けた。冥府に通じる道はいつも薄暗く、彼女の足元には炎のような霧が渦を巻いている。だが、ユリの足取りは乱れなかった。彼女にとってこの呼び出しは、決して初めてではない。
閻魔庁の大広間。その中央に、巨大な玉座がある。赤銅色の装飾に囲まれたそこに座すのは、冥界の裁きの主——閻魔大王だった。
「ユリ、来てくれてありがとう」
重々しい声が響いた。ユリは一礼する。
「越谷での働きは見事だ。だが、今日は別件だ。秩父の奥、中津川を預かる者が御巣鷹山の処理で手を焼いていてね」
ユリの表情がわずかに強ばる。御巣鷹山——1985年のあの事故以来、未だ成仏できずに彷徨う霊が多いと聞く。霊たちは強い未練と混乱を抱えたまま、この世とあの世の境にとどまり続けていた。
「しばらく中津川に行って、助けてくれないか?」閻魔大王は続けた。
「また越谷に戻れますよね?」とユリが問い返すと、閻魔は力強くうなずいた。
「約束する。戻れる。越谷のことは誰にも任せたりしない」
その言葉に、ユリは静かに目を閉じ、決意を固めた。
彼女は越谷の姿を脱ぎ捨て、秩父の女神・妙見にその身を変える。白い衣をまとい、星々の力を帯びた女神の姿で、彼女は中津川の山奥へと降り立った。
そこには、霧に包まれた谷間が広がっていた。成仏できぬ霊たちが、空を仰ぎながら立ち尽くしている。その中でも、ひときわ深い闇を纏った四つの魂があった。
「……あなたたちなのね」
妙見となったユリは、そっと声をかけた。
四名の魂。事故から二十年以上もの間、この世に縛られ続けている。だが彼らは記憶を失っていた。三人は軽度で、かろうじて名前や家族の面影を思い出せる状態。一人は深く記憶を閉ざし、自らが誰であるかすらわからぬ、重度の喪失状態にあった。
「もう、大丈夫。あなたたちは一人じゃない。……ここに来た意味を、一緒に探しましょう」
ユリは手を伸ばした。その指先に光が宿る。霊たちの瞳がわずかに揺れた。
中津川の夜が、静かに、確かに明けようとしていた。