表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
421/475

成仏屋 1  サンズリバーサイド外伝

『成仏屋』冒頭

 ユッコとタカコが、ほとんど間を置かずに亡くなった。

 二人とも六十代だった。年齢的には若くはなかったが、まだまだこれからという年頃でもある。

 おそらくコロナの影響だろう。直接的な原因はどうあれ、別れは唐突で、重くのしかかった。


 サキは、大牟田に向かっていた。

 目的は墓参りだった。ユッコとタカコ、二人の眠る場所へ手を合わせに行くためだが、それだけではない。あの夜の記憶をたどりに、もう一度あの町を歩いてみたくなった。


 出会いはFacebookだった。サキがジプシー・ローズの話を投稿したとき、二人が反応してきた。

 「ローズの妹、まだ生きとるんやない?」

 「手伝うばい」

 気づけば、三人は旧知のようにやりとりを始めていた。


 初めて会ったのは、中島町のスナック「ビブレ」だった。

 古びたビルの一角にあるその店には、どこか時間の止まった空気が漂っていた。カラオケの音、煙草の匂い、女たちの笑い声。ローズのこと、妹探しの話、そして自分たちの過去――。いくつもの言葉がグラスの縁を回って消えていった。


 「ローズって、大牟田出身だったんやねえ」

 店のママ、橋本幸枝はそう言って首を傾げた。

 グラスを拭く手は止まらず、その口調は妙に淡々としていた。


 ユッコは矢沢永吉のファンで、煙草が手放せなかった。

 タカコは酒好きで、大牟田南高校の出身だった。

 二人とも、どこにでもいそうで、どこにもいないような女たちだった。

 ビブレでの夜は、いくつも重なり、いつの間にかサキにとって忘れられない記憶となっていた。


 ある晩、幸枝が言った。


 「私ね、成仏屋なのよ」


 冗談のような口ぶりだったが、誰も笑わなかった。

 「成仏って、死んだ人のためじゃなか。生きてる人のためにあるとよ」

 その言葉に、サキはハッとさせられた。

 誰かが頷いた。たしか、それはタカコだった気がする。


 列車が減速し、車内アナウンスが流れる。まもなく大牟田に到着するという。

 サキは窓の外を見つめながら、そっと目を閉じた。


 ――成仏とは何か。

 その答えを探しに、彼女はこの町に帰ってきたのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ