成仏屋 1 サンズリバーサイド外伝
『成仏屋』冒頭
ユッコとタカコが、ほとんど間を置かずに亡くなった。
二人とも六十代だった。年齢的には若くはなかったが、まだまだこれからという年頃でもある。
おそらくコロナの影響だろう。直接的な原因はどうあれ、別れは唐突で、重くのしかかった。
サキは、大牟田に向かっていた。
目的は墓参りだった。ユッコとタカコ、二人の眠る場所へ手を合わせに行くためだが、それだけではない。あの夜の記憶をたどりに、もう一度あの町を歩いてみたくなった。
出会いはFacebookだった。サキがジプシー・ローズの話を投稿したとき、二人が反応してきた。
「ローズの妹、まだ生きとるんやない?」
「手伝うばい」
気づけば、三人は旧知のようにやりとりを始めていた。
初めて会ったのは、中島町のスナック「ビブレ」だった。
古びたビルの一角にあるその店には、どこか時間の止まった空気が漂っていた。カラオケの音、煙草の匂い、女たちの笑い声。ローズのこと、妹探しの話、そして自分たちの過去――。いくつもの言葉がグラスの縁を回って消えていった。
「ローズって、大牟田出身だったんやねえ」
店のママ、橋本幸枝はそう言って首を傾げた。
グラスを拭く手は止まらず、その口調は妙に淡々としていた。
ユッコは矢沢永吉のファンで、煙草が手放せなかった。
タカコは酒好きで、大牟田南高校の出身だった。
二人とも、どこにでもいそうで、どこにもいないような女たちだった。
ビブレでの夜は、いくつも重なり、いつの間にかサキにとって忘れられない記憶となっていた。
ある晩、幸枝が言った。
「私ね、成仏屋なのよ」
冗談のような口ぶりだったが、誰も笑わなかった。
「成仏って、死んだ人のためじゃなか。生きてる人のためにあるとよ」
その言葉に、サキはハッとさせられた。
誰かが頷いた。たしか、それはタカコだった気がする。
列車が減速し、車内アナウンスが流れる。まもなく大牟田に到着するという。
サキは窓の外を見つめながら、そっと目を閉じた。
――成仏とは何か。
その答えを探しに、彼女はこの町に帰ってきたのかもしれない。