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定番の4名
サキは教室の前に立ち、ホワイトボードにさっと文字を書く。
記憶喪失の女
ホテルの支配人
消防士(こちらも記憶喪失)
マダム
「……はい、よくあるやつね。定番。」
背後のボードをちらりと見て、サキは静かに言葉を継ぐ。
「ホテルという閉じられた空間。外界との接点が曖昧で、時間も歪んでる。そこに記憶を失った女が現れる。そして彼女を助けたという消防士。けれど彼も、名前以外のことは思い出せない。」
サキはペンを置き、教室を見渡す。
「支配人は何か知ってる。でも語らない。マダムはただ笑っている。ありがちよね。すべてが不確かで、観客も登場人物と同じように『今ここが何なのか』を探しながら観る。」
一人の生徒が手を挙げた。「なぜこういう設定が多いんですか?」
サキは少しだけ笑って答えた。
「人間は、自分が何者かを探してる。だから、記憶喪失の物語に惹かれるの。しかも、閉ざされた場所にいると、その『探し』は強制的になる。逃げ場がないからね。」
少し沈黙が落ちたあと、彼女はぽつりとつぶやいた。
「でもこの定番……裏返せる人が、書き手になれるのよ。」