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脚本家の味噌ノート


味噌ノート


彼女は、テレビや映画の脚本で知られるプロの脚本家だ。このシナリオ教室では看板講師として、生徒たちから一目置かれている。


「今日は、味噌ノートについて話しましょうか」


講義の冒頭で、彼女はそう切り出した。味噌ノート――聞き慣れない言葉に、生徒たちはペンを止める。


「脚本家って、日々いろんなアイデアが浮かぶんです。でも、全部をすぐに使えるわけじゃない。むしろ、今は使えないからこそ書き留めておくの。それが“味噌ノート”。ノートに寝かせて、時間をかけて発酵させる」


彼女は笑う。


「たとえば、電車の中でふと思いついた台詞。カフェで隣の席の会話。夢に出てきた不思議な風景。それらは一度“味噌”にするの。日付と一緒に書いて、しばらく忘れる。数ヶ月後、あるいは何年か後に、“あれ、これ、今ならいける”ってなる瞬間が来る。その時に、はじめて材料として仕込むのよ」


一人の生徒が手を挙げた。


「じゃあ、それを忘れてしまったら?」


彼女は、まるでそれを待っていたかのように頷いた。


「それならそれでいい。発酵しなかっただけ。どのネタが育つかは、こっちが決めるんじゃない。ネタのほうが自分の出番を知ってるの。味噌は勝手に旨くなる。脚本も、そういうもんよ」


黒板に、彼女は太く「味噌ノート」と書いた。


「だから、今日からはみんなも作ってね。誰にも見せなくていいから。未来の自分への贈り物だと思って」


教室の空気が静かに変わった。ノートに向かうペンの音が、まるで味噌蔵の中で始まった小さな発酵の音のように響いた。




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