表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
404/473

親子のオフサイトミーティング

親子のオフサイトミーティング

親が元気なうちに、資産額をはじめとする情報や、どんな最期を迎えたいかなどの意志を共有しておきましょう。


『箱根会議』

 「ねえ、そろそろ話しておかないとまずいんじゃない?」

 東京のマンションで、長女の由香がそう切り出したのは、父・徹が入院して退院した直後のことだった。退院とはいえ、元どおりの生活に戻れるというわけではない。リハビリ、通院、そして将来への不安。

 「わかってる。でも、あの人、そういう話すると不機嫌になるんだよ……」

 母の美智子は視線を落としながら言った。昔から、徹は“死”や“金”に関する話を避ける人だった。長男の洋介も、つい最近まで仕事が忙しすぎて実家には顔を出せていなかった。

 「でも、何もしないで時間が経つのが一番まずいのよ。介護保険サービスも、地域によってかなり差があるみたいだし」

 由香はタブレットを開いて、父が住む町のヘルパーステーションや訪問看護の施設数を調べていた。正直、少なかった。財源が潤っている都市部とは違う。万が一、このまま父が倒れたら、誰がどこまで対応できるのか。

 「じゃあ、旅行でもするか」

 その提案をしたのは意外にも洋介だった。

 「旅行?」

 「“オフサイトミーティング”って知ってる? 会社でよくやるんだけど、普段と違う場所に行くと、本音が出やすい。箱根とか、温泉でも行ってさ。うまいもん食って、風呂入って、夜は……話そうよ。これからのこと」

 「……ホワイトボード、借りられるかな?」

 由香が笑った。旅館にホワイトボードなんて、おかしいけど……きっと、それくらいしないと踏み込めない。

 そして一か月後、家族四人は箱根の老舗旅館にいた。チェックインを済ませると、母が思わず吹き出す。

 「ほんとにホワイトボード、借りてきたの?」

 「貸してくれた。『社長さんですか?』って聞かれたけど」

 洋介が照れ笑いを浮かべながら、板書マーカーを取り出した。

 夕食後、布団を敷く前の静かな時間。ホワイトボードには「これからのこと」と書かれていた。

 「俺の資産なんて大したことないが……」

 そう言いながら、父が話し始めた。

 「……でも、お前らには迷惑かけたくない。どう終わりたいか、そろそろ考えないとなって、思ってたんだ。入院してみて、よくわかった」

 由香はゆっくり頷いた。

 「グループLINE、作ろう。毎日じゃなくていい。既読だけでもいいから。私たち、繋がっていたいの。父さんが、いまどこにいて、元気かどうか、わかるように」

 ふと、父の目が潤んでいた。誰よりも強くあろうとした人が、ほんの少しだけ、肩の力を抜いた瞬間だった。

 “最期”を語ることは、“今”を大事にすること。

 旅先という非日常の空間が、家族の未来を照らしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ