作家は顔を見せたら人気が落ちる
「作家は顔を見せたら人気が落ちる」
顔を見せた日
彼は名を明かさずに小説を発表し続け、ネットの海で瞬く間に話題になった。
筆名は「遠野すいか」。
ジャンルは問わず、恋愛、ミステリ、ホラー、SF――何を書いてもSNSでは絶賛の嵐だった。
ファンは彼の素顔に夢を見た。
「きっと知的で、静かで、ちょっと陰のある美青年に違いない」
「声も聞いてみたい、いっそ映画化してインタビュー受けてくれたら」
やがて出版社が動いた。
ベストセラーを機に、サイン会の開催が決まったのだ。
「顔出しは……ちょっと」と最初は渋っていた彼だったが、編集者に説得され、ついに当日、姿を現すことになった。
会場に現れた「遠野すいか」は――
冴えない眼鏡、よれたシャツ、腰の曲がった中年男だった。
会場の空気が変わった。
「……この人が、あの?」
「なんかイメージと違う」
「え、普通すぎない?」
次の週から売上は急降下した。
SNSでは一斉に「もう作品に入り込めない」との声。
出版社も次作の企画を白紙に戻した。
編集者は苦々しい顔で言った。
「先生……夢は夢のままにしておく方が、よかったんですかね」
彼は静かに笑った。
「まあ、それもまた物語だろう」
そう言って、彼はまた匿名で新作を書き始めた。
筆名は変えて。
顔も、声も、性別さえ変えて。
そして数ヶ月後、新たな伝説がネットでささやかれ始める。
「最近出てきた“潮見まこと”、すごくない?」