妹への手紙
その夜、踊りの幕が降りても、眠気は彼女を訪れなかった。
公演は成功だった。劇場には花が届き、楽屋には名のある評論家が顔を出した。
けれど──心の奥に残ったのは静かな空洞だった。
彼女は、借り間の薄い布団の上に正座して、便箋を広げた。
――灯りは裸電球ひとつ。
その下で書く文字は、たどたどしく、けれど丁寧だった。
> **エイ子へ**
>
> 元気にしてる? お姉ちゃんは、東京でがんばってるよ。
> もうすぐ新聞に名前が出るかもしれない。
> ジプシー・ローズっていうんだ。ちょっと変な名前でしょ。
> でも、みんながそう呼ぶから、もうそういう人になろうと思った。
>
> 母さんがいなくなって、エイ子とふたりで暮らしてたころ、
> 夜にこっそり見た映画を覚えてる?
> ドレスを着た女の人が、くるくる回ってたやつ。
> あれを見たとき、「私、踊りたい」って思ったの。
> いま、少しだけその夢に近づいてるかもしれない。
>
> でもね、こっちは寒いよ。心が。
> 舞台の上では笑ってても、
> 誰も「とし子」とは呼んでくれないし、
> 自分が自分じゃないみたいなときもあるの。
>
> でも、大丈夫。
> エイ子の顔を思い出すと、がんばれる。
> いつかきっと、あなたをこの東京に呼べるくらいに、
> 私、有名になるから。
手紙を書き終えたとき、彼女は小さく鼻をすすった。
涙ではなかった。熱でもない。
ただ、誰にも見せない素の自分が、ふと出てきたのだ。
封筒に「福岡県大牟田市」と記すとき、手がかすかに震えた。
それでも彼女はまっすぐに書いた。
「志水エイ子様」と。
──踊り子・ジプシー・ローズ。
その名の影で、志水とし子は確かに生きていた。