サリンジャーって、戦争で何を見たんでしょうか。あの人があんな風になるほどの何かを。
サリンジャーって、戦争で何を見たんでしょうか。あの人があんな風になるほどの何かを。
------------------------------------
(薄暗い編集室のソファ。サキは腕を組み、ケイコは膝にメモを抱えている。窓の外は午後の白い光だ。)
ケイコ「サリンジャーって、戦争で何を見たんでしょうか。あの人があんな風になるほどの何かを。」
サキ「聞きたい? じゃあ簡単に話すわ。彼はね、若い日々を戦場で過ごした。ヨーロッパ戦線へ送られ、激しい戦闘の匂いと、人が人をむごたらしく扱う場面に直面したと伝えられているのよ。」
ケイコ「収容所のことも、関係あるんですか?」
サキ「そう。ナチスの収容所の解放に立ち会った兵士たちの証言は共通する。そこで見た光景は、普通の言葉では戻らない。ああいうものを目にした心は、簡単に元に戻らないの。彼も例外ではなかった。」
ケイコ「それで、書くことに変化が?」
サキ「劇的に変わった。戦前は雑誌向けの短い洒落た話を書いていたけれど、戦後の彼は軽さを捨てた。外見の会話や社会の欺瞞の裏にある、人の内面のひび割れに目を向けるようになったのよ。」
ケイコ「ホールデンみたいな若者は、そこから生まれたんですね」
サキ「そう。無垢さへの執着や、世界への拒絶は、戦場で失われたものへの反応でもある。言葉にできない喪失を、彼は怒りとユーモアで覆い隠しながら書いたの。」
ケイコ「本人は変わったことに気づいていたのかな?」
サキ「本人は多分わかっていた。でも『気づく』ことと『癒える』ことは別物よ。帰還後は心的な問題を抱え、長い療養期を経たとされる。あの沈黙が、あの作品群の深さを支えているの。」
ケイコ「映画にするとしたら、どの瞬間を切り取りたいですか?」
サキ「長回しでひとつの部屋を映す。中には何も起きない。ただ誰かがカップを置き、壁の絵に目をやる。言葉より沈黙の方が重い。戦争は派手な場面ではなく、その後に残る静寂を彼に刻んだのよ。」
ケイコ「なるほど……」
サキ「まとめると、戦争は彼の筆を砂で研ぐようなものだった。表層の光沢を削ぎ落とし、見えなかった痛みを露わにさせた。そこから初めて、彼は本当に書くことを選んだの。」
(サキは窓の外を見て小さく笑う。映画の一場面を思い出すように。)




