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サリンジャーとウルフが、うなずき合っているような気がした。SAKIMORI バナナフィッシュ
サキは思った。
『バナナフィッシュにうってつけの日』は、バージニア・ウルフが提唱した小説作法の、まさに実践そのものなのだと。
つまるところ、“意識の流れ”である。
論理や筋ではなく、むしろその欠落の中にこそ真実があるような、不連続で、けれど妙に本質的な言葉の連なり。思考が思考のまま、脱線しながら頁を染める。
風がカーテンを膨らませる午後。
窓辺のサキは、読みかけのペーパーバックを胸に伏せて、考える。
「シーモアは、結局、何を見てしまったのだろう」
バナナを食べすぎて出口を塞がれた魚の話。子どもにしか語られないその寓話の向こうに、なにか巨大な裂け目がある気がした。
言葉にならないが、確かにある「それ」。
ウルフなら、それを描こうとしたかもしれない。
サリンジャーは、触れようとし、しかし語りすぎないことで「それ」を表した。
サキの目は、ふいに天井の木目へと逸れていく。
思考が流れ、戻り、また逸れて、どこへも行かず、しかし常に何かをなぞっている。
意識の流れ。
サリンジャーとウルフが、静かにうなずき合っているような気がした。