サリンジャーと恩師
サリンジャーと恩師
ホールデンが最後に頼ったのは、恩師のバーネット教授だった。
私がこの場面を読むと、どうしても胸がざわつく。
教授は、彼を見捨てずに耳を傾けようとする数少ない大人だ。
けれど、その言葉は「大人の常識」に縛られている。
ホールデンは助けを求めるように、しかし不器用に語りかける。
「どうしても、生きていく気になれないんです」
教授は落ち着いた声で答える。
「君は才能がある。だが浪費している。しっかり未来を考えるんだ」
私はそのやりとりに、深い断絶を感じる。
ホールデンの心は「生きるための理屈」では癒せない。
彼が欲しているのは、説得や忠告ではなく、寄り添う温もりなのだ。
バーネット教授の助言は正論だ。
だが、正論は往々にして孤独を深める。
ホールデンが部屋を飛び出してしまうのも無理はない。
私にとって、この場面は大人と若者の永遠のすれ違いを象徴している。
教授は救いの手を差し伸べたつもりだった。
しかしホールデンには、また一つ「理解されなかった」という痛みが刻まれた。
こうして彼は、ますます自分の殻に閉じこもっていく。
その寂しさが、物語の余韻を決定的にしているのだ。




