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サンズリバーサイド外伝 三國連太郎

サキは、中津川へ向かっていた。

地図の上ではたしかに埼玉県なのに、着いてみればもう、別世界だった。

中津川は秩父市大滝の、そのまた奥。山々に抱かれ、川の音が絶えず耳に届く。

「埼玉のチベット」と呼ばれる所以は、来てみればすぐにわかる。空気も、匂いも、時間さえも違って感じられる。

この地は、かつて「大滝村」と呼ばれていた。

今は行政上、秩父市に吸収されたけれど、そんな区分がこの土地の“深さ”を測れるはずもない。

埼玉で一番広い面積を持ち、群馬、長野、山梨、東京と境を接している。

その境界には、山がある。峠がある。そして謎めいた静けさがある。

とにかく、遠い。

大宮や浦和から出て、車で三時間。

その三時間があれば、新潟を越えて日本海まで行けてしまうのに、サキはあえてこの奥地を選んだ。

——そして、三国峠に差しかかったときだった。

霧が立ちこめる細い山道の先に、ひとりの老人が立っていた。

白い髭。深く刻まれた皺。少しうつむき加減に立ち、こちらを見て微笑んでいる。

「お嬢さん、どこへ行くんだい?」

その声を聞いた瞬間、サキは胸の奥がぎゅっと音を立てて縮こまるのを感じた。

え? うそでしょ。まさか——いや、そんなことある?

彼の顔を、テレビで何度も見たことがある。映画で。舞台で。インタビューで。

サキはまじまじとその男の顔を見つめた。言葉が出ない。ただ、指先が少し震える。

「……三國連太郎……さん……?」

男はまた、あの穏やかな笑みで、静かにうなずいた。

本物だった。

本当に、あの三國連太郎だったのだ。

現実のはずなのに、夢を見ているようだった。

ここが中津川で、ここが三国峠で、そして今、自分は三國連太郎と話している——

サキは、信じられない気持ちで空を見上げた。

霧が晴れ、木々の隙間から陽が差し込んでいた。まるで映画のワンシーンのように。

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