不採用に耐えるのも、小説家の仕事だ。編集者に断られるたびに魂を削っていては、作家にはなれない。
不採用に耐えるのも、小説家の仕事だ。編集者に断られるたびに魂を削っていては、作家にはなれない。
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1939年のニューヨーク。雪はまだ降っていなかったが、街には冬の気配が漂っていた。5番街のビル群が煙を吐き、灰色の空をさらに鈍く見せている。通りを行き交う人々のコートには、乾いた風がしがみついていた。
ジェローム・デイヴィッド・サリンジャー、20歳。彼はコロンビア大学の門をくぐり、小説創作の講義が行われる教室へと向かっていた。半分ユダヤ人であることへの自意識と、父のようにはなれないという焦燥感が、彼の内側で重くうずいていた。
教壇に立つのは、バーネット教授――古いジャズをこよなく愛し、物語に「魂がなければ文字の羅列にすぎない」と豪語する変わり者だった。
初回の講義、教授は言った。
「不採用に耐えるのも、小説家の仕事だ。編集者に断られるたびに魂を削っていては、作家にはなれない。」
サリンジャーは眉をひそめた。彼はもう五度、短編を投稿しては不採用の通知を受け取っていた。それでも、なぜかこの男の言葉には、現実とは違う、何か火のようなものがあった。
「書いて、書いて、書きまくれ。誰にも読まれなくてもいい。まずは自分の“声”を見つけるんだ」
教授は指で空中に何かを書くような仕草をして続けた。
「ただし気をつけろ。作家の“声”というのは、物語にユニークさを与えるものだが、出過ぎればただのエゴだ。読者は物語を読みたいのであって、作家の自己主張を聞きたいわけじゃない。」
講義が終わったあと、サリンジャーはしばらく席を立てなかった。彼の中で何かがざわついていた。
(オレの声…?)
部屋を出るとき、バーネット教授がふいに声をかけた。
「おい、君。君が書くものに、読者は引きつけられるか? そしてそれは君自身が“読みたくなる本”か? その問いを、毎回原稿を書くたびに自分にぶつけてみるといい。」
サリンジャーは無言でうなずいた。
あの夜、彼はタイプライターに向かった。
初めて、自分のために物語を書こうと思った――誰かに読まれることを期待するのではなく、自分が“読みたい”と思えるものを、ただ形にするために。




