ルビー・チューズデイ ローリング・ストーンズ
ルビー・チューズデイ
その夜、パーティーの喧騒の中に彼女がいた。金色の髪がシャンデリアの光を反射し、見る者すべてを惹きつける。リンダ・キース。彼女はまだ17歳だったが、その輝きには年齢以上の魅力があった。キース・リチャーズが初めて彼女と目を合わせたとき、まるで電流が流れるような感覚がした。彼女のほうから近づいてきたのは、もっと信じられなかった。
「あなたのギター、いつも聴いてるわ。素敵ね」とリンダが言う。
キースはうまく言葉を返せないまま笑った。「俺みたいな奴にこんな娘が声をかけるなんて、どうかしてるな」心の中でそう呟いた。
それから二人の関係は、スピードを増しながら深まっていった。リンダの奔放さは、内気で慎重なキースの心を解きほぐした。彼女の前では自然体でいられた。いつも隣に彼女がいる、それが彼にとって何よりの支えだった。
だが、幸福な日々は長く続かなかった。
ツアーが始まり、キースは家を留守にすることが増えた。世界中を飛び回り、連日ライブのステージに立つ生活は過酷だったが、それ以上にリンダと離れることが彼の心を削った。そして、それは彼女にとっても同じだった。
「待っていてくれなんて言えないよな」キースはリンダの写真を見つめながら呟いた。
その通りだった。リンダは寂しさを紛らわせるためにドラッグに手を伸ばし始めた。キースはそれを知って激しく反対したが、自分も手を染めていたという皮肉には気づいていた。
「キース、わかってるわ。あなたが忙しいのも、ここにいられないのも。でも、私だって一人で待っているのはつらいの」とリンダは言った。キースには何も答えられなかった。
そして1966年の夏、キースがアメリカから帰国すると、リンダはもう彼のもとにいなかった。チェルシーのアパートに住むという噂だけが残った。
ある夜、キースは居ても立ってもいられず、車に乗り込んだ。ロンドン中を駆け回り、リンダの居場所を聞いて回った。焦りと怒りが入り混じり、自分でも何を求めているのかわからなくなっていた。
「誰か、リンダを見なかったか!?」
そんな風に泣きそうになったかと思えば、次の瞬間には「消えやがれ!」と絶叫していた。
やがてリンダのアパートを突き止めると、その前でじっと立ち尽くした。カーテン越しに映る彼女のシルエット。そこには、もう一人の男がいた。その光景を見た瞬間、彼の中で何かが音を立てて崩れ落ちた。
「心に深い傷を負うってこういうことなんだな」キースはそう思った。
その夜、彼は帰宅するとギターを手に取り、静かに弾き始めた。そこから紡ぎ出されたのは、物悲しくも美しい旋律だった。自分の中にある想いをそのまま音楽に乗せる。リンダのこと、彼女の輝き、そして手が届かなくなった悲しみ。
数日後、そのメロディに歌詞が付けられた。
「君が毎日変わろうとも / 僕は君を恋しく思うだろう」
曲は完成し、タイトルは「Ruby Tuesday」と名付けられた。ルビー。それは彼の人生に輝きを与え、そして彼から遠ざかっていったリンダ・キースそのものだった。
完成した楽曲は、ザ・ローリング・ストーンズのアルバムに収録された。その美しさと切なさで、瞬く間に世界中で愛されるようになった。だが、キースにとってそれはただの曲ではなかった。彼の心の奥に残る、彼女への想いそのものだったのだ。
そして今も、彼がギターを手に取るとき、リンダの面影は彼の中で鮮やかに蘇る。それは悲しみではなく、一つの宝物のような記憶として。
「ルビー・チューズデイ」。その名は永遠に刻まれた。