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##10 再発

##10 再発


退院して十ヶ月が過ぎた頃の九月二十一日だった。

定期的に病院に検査に通っていた妻が泣いていた。

十月からの再入院が決まるという。

弟の血液への乗り変わりが少なく、弟のリンパ液のみの移植をするらしい。

妻は「ウィーンとパリに行きたい」と言っていた。

ヨーロッパにはイタリアに家族で行っただけだった。

「体の具合が安定したら、行ってこいよ」

妻の夢であったが、かなわずに、友人サオリと黒部峡への旅行に出かけた。


十月一日

昨夜旅行から帰って来て午後に入院した。

三日後、移植でGVHDがでなかったので退院する。

退院してからは、具合が悪くなく寝込まなかった。

白血病とは不思議な病気だ。

「そんなの、吸っているからガンになるんだ」と言ったからだろうか。

妻はタバコを吸うのをやめた。

オケの練習の後に飲んで帰る途中に具合がひどく悪くなったそうだ。

酒は病気になるだけ。なぜわからないのだろう?


一月三十一日 

検査から帰った妻が、再び入院の可能性があると言われて落ち込んでいた。

泣き出して寄り添ってきた。妻のクールな牙城が崩れた。


二月六日 

三十一日に受けた検査結果を聞く。

結論としては入院してミニ移植を行う。

脚に腫れ物がでてきてた。

まだ白血病細胞かわからない。

疑いが濃くて骨髄に入る前に叩きたいそうだ。


二月二十五日~二十六日

妻は一時帰宅して再び病院に戻る。

妻の後ろ姿は悲しかった。

元気に歩けるのに入院しなければならないとは残酷だ。


三月十一日  

白血病が再発したそうだ。再移植が決まった。

三月十六日

千葉県印旛郡の病院に治療に行った妻を見舞う。

放射線の空きがなく、付属病院での放射線治療となった。

妻は文京区の病室から付属病院まで救急車で運ばれた。


四月六日

三月二十三日に再移植。抗癌剤投与も終わった。

腸が悪い。

毎日見舞いに行っているが下痢がとまらないと言う。

無菌室にいたが。今日は話せるようになった。


四月十一日

一番辛いのは口内炎のようだ。完治していない。

妻はお化けが出ると言う。

妻は無菌室にずっといて、独居室でもある。

「赤い服を着た女の子なの。とても臭いの。

暗い海に引き込もうとするの」

「どこだろう?」

「海岸なの。バスに乗ろうしているのに、

海に引きずり込もうとするの」

怖くて我慢できない、大部屋に移してくれと妻は嘆願した。

僕も看護師長に直訴した。

赤い服の女の子は誰だろう?

母の携帯に電話してたずねた。

「赤い服を着た女の子が出てきたって言ってる」

「その子はミユキかもしれんね」

母のカンはするどい。

父が仕事で逐一相談していた。

恐ろしいくらいに的中する。

妻に現れた赤い服を着た女の子だが、母は「お迎え」だと言った。

僕には助けにきたのだと思えた。

妻はミユキとは認識できずに、「お化け」だと言って嫌がっていた。

赤い服の女の子は誰なのだろう?

ニーチェは「真実なるものはない。ただ解釈だけがある」

と言った。

僕は真実とは人の後姿のようなものだと思っている。

人には自分の後姿が見えない。

運命の女神は前髪しかないのと同じで、

僕らの前に真実が現われても、わからないのだ。

通り過ぎたときに、後姿でわかるのだが、

もうすでにつかまえることができない。

人の後ろ姿を見ると嘘だとわかる。

真剣に誠実そうな顔をして嘘を言っても、

後姿はだませない、なぜか後姿は笑っているのだ。

後姿の演技ほど、難しいものはないだろう。

プロの嘘つきは後姿の演技も怠らない。

赤い女の子のお化けが出たという話を妻が語った日だった。

医者から骨髄移植して十七日だが、

妻の生命は三週間もたないと言われた。

脚に鹿の子のような斑点が出ていた。

白血病が再発したそうだ。

白血病の判定に、脚の斑点症状があるのを初めて知った。


四月十三日

妻の皮膚にGVHDが出て発熱したり、右ふくらはぎにはふたつの斑点、

左には多数の斑点がある。

白血病細胞が皮膚に平家の落人のように潜んでいたのだろうか?

骨髄検査をしたが、出血がなかなか止まらなかった。

妻は元気だった。

「あれから赤い服の女の子は、出てこない」と言ったが、

口内炎が治らないという。

自己免疫力の低下で、雑菌が多数いる口腔内が炎症しやすくなった。


四月十四日

妻は大部屋に移った。

相部屋になると昔同室だった患者が再入院していた。

お互いに情報交換となったらしい。

「亡くなったって。〇〇さん、ほら、あの人よ・・・」

と妻は僕に話した。

死亡者数は五名を超えて十名だったかもしれない。

白血病にかかると余命というラベルが人に貼られてしまう。

再入院で会った女性も、妻より先に亡くなった。


四月二十日

妻の気がふれたのではないかと思った。

クールを装う妻が、少女のようなハイテンションになった。

「今日は屋上で日向ぼっこしたの。退院したらお弁当持って、公園デートしようね」

「公園って」と僕はたずねた。

「屋上から公園が見えたの。退院したら行こうね。行こうね」

信じられないような笑顔だ。

十代の乙女に戻ったように思えた。

僕に対して言っているのだろうか? 

「屋上から見えた公園は谷中方面だね」

「谷中なの?」

「方向からして、おそらく」

「谷中って、谷中銀座よね。

猫さん、いっぱいいるでしょう」

「そう。谷中から(病院に)来ているのだけど、

夕焼けだんだん坂は雰囲気がいいし、

野良猫がいっぱいいるね」

「そっちからきているの?」

「そうだよ。電車の乗り換えをしたくないので、

日暮里駅から歩いている。

谷中銀座って浅草みたいで、気安く入れそうな店が多いね。

そうだ!テレビで紹介していたメンチカツで有名な店を見つけたから買ってくるよ」

「わ〜い。メンチ、大好き」

メンチやツクネなどの練り系が妻の好物。

妻のリクエストに応えて、駒込駅にある妻のお気に入りのパンや、

谷中銀座で調達したキュウリ巻きなどを持参した。





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