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##8 夫婦が落ちついた

##8 夫婦が落ちついた


三月二十六日

妻は携帯電話を僕の前で無造作に置くようになったが、

また夫婦の危機的会話が始まった。

「私は家庭的ではないのね?」と妻が言い出した。

「それは取り消す。あなたは夫にわからなければ、何をやってもいいと思っている」

「そんな妻と、これからやっていけるの」

「そっちは、それを直す気はないのか?」

「やはり私は出て行こうかな。すこし別居した方がいいのでは?」

「それは離婚ということかい?」

「あなたは、出ていってほしいの?」

「俺は望まない」

「あなたは、いつ私を責めなくなるの?」

「逆だろう? 発覚後も彼と電話などして俺をいたぶっている。

反省しているとは思えない」

「これでも反省しているのだけれど。

彼に相談するのは、男の気持ちがわからないからよ」

「異性と会えば、その後は、どうなっていくかわかりきっているだろう。

磁石のようにくっつくだけだ」

「そんなことないわ」

「彼とはどんな付き合いをしていたんだ?」

「なにを言っても、いい訳になるので、なにも言わない」

「彼を人間的に好きだと言ったけれど。彼の奥さんをだましている男だよ」


三月三十日

今のオケをやめてもらうために、もっとメジャーなオケへの入団を勧めた。

オーディションとなった。受験曲はモーツアルトの曲だった。

自らを「アマデウス」と言うくらいに好きだった。家で練習を既に開始していた。

本日は、上野東京文化会館で妻のオーディションとなった。


四月十二日

妻は新しいオケのオーディションに合格して、今日から新オケの練習に参加した。

マサのいるオケを退団するのをためらっている。

僕の機嫌が良いと、妻は「オケはやめたくない」と言い出す。

「この前、五月定演で、やめると約束したじゃないか」

反論は不利だとわかると、黙ってしまう妻に僕は言った。

「まだ彼と電話しているんだろう」

「私が、信用できないのね」

「ああ、これからの行動を見ながら、ひとつずつ信用していくけど。

本当に交際していないと、誓えるか?」

妻は右手を出して裁判所で行うように誓うポーズをした。


四月二十七日

「今日の練習の後に飲み会に参加していい?」と妻がたずねてきた。

黙って聞いていると、「飲み会で退団の挨拶をするから、

帰宅は十一時過ぎる」と言った。

妻は本気でオケをやめると決意したようだ。

僕はうなずくだけだった。妻がオケをやめてくれる。

新しいオケでバイオリンが弾けるのが、せめてもの僕の償いだと思った。

頭の中で吹き荒れていた嵐がおさまった。

僕の変化に気づいたのは妻だった。退団の挨拶をした翌日だったと思う。

「彼は、なんと言っていた?」

「オケを続けるから、会ったのに」とマサは言ったそうだ。

黙って聞いている僕に、

「会わせたのは、一生の不覚よ、後悔している」

と妻は言った。

再び黙って聞いている僕の顔をみて「もう責めなくなったね」と言った。


四月二十九日

妻の手帳の予定欄に書かれた一文を見てしまった。

「夫婦落ち着いた。こんな結果 残念」

残念の意味はオケをやめた?

離婚しなかった?

僕には残念の意味がわからなかった。

妻の手帳をのぞいてしまうような男になってしまった。

心のハンカチーフは引きちぎられ、黒い染みが点々とある。

夫婦の不倫地獄を味わってしまった。

純情では夫婦生活が送れない。

山手線の大塚駅か池袋駅が自宅への最寄り駅だった。

池袋駅周辺の大混雑を避けて大塚駅を利用したりする。

大塚駅から自宅への帰宅コースだが、妻とマサが飲んで、

妻が帰ったコースでもある。

駅の北口を出て、小説『ノルウェイの森』の緑の小林書店があった商店街を通る。

小林書店があった場所の真向かいにあるのが、妻がマサと飲んだ店だ。

店を見ながら、僕はマサと妻が歩いたであろうラブラブコースをたどる。

あの公園だろうか?キスしたのは。なぜ痛ましいのだろうか? 

なぜ不倫ごときで傷心した?

心にできた傷と、どううまく付き合うかが課題だった。

再び妻が言っていた。サオリからのアドバイスを思い返す。

「暴力を受けるよ。殺されるかもしれない。逃げた方がいい」

妻に乱暴した方がいいのだろうか?

夫の妻への愛情の表現なのだろうか?

暴力しないのがいけないのか悩んだ。

暴力できないので目撃後もマサと交際している。

妻になめられているのだろうか?

妻は言った。

「男のプライドを落として、ストーカーの真似までしても、

私を愛しているのよね」

映画『今日、恋をはじめます』で、不倫で悩んだ男が悟った言葉が身に染みる。

「許せないということは、愛しているということ」

ネットの不倫相談室で、妻とのバトル日記を掲載した。

「妻をなぜ開放しない。妻をイジメている。

お前は家庭内暴力者だ」

「おまえはストーカーだ」

「離婚しないのはずるい。奥さんがかわいそうだ」

特に男性から集中砲火を浴びた。



結婚して十七年目になった。

同じ会社で妻は事務職。僕は営業職。

仕事でやっと夫婦共通の話題ができた。

会社では最強のコンビだった。

僕と妻の共通の話題は子供だった。

お互いに喧嘩などしない。帰社は一緒が多かった。

妻は新しい店を見つけては、僕を誘って夕食をすました。

美人と歩くのは男にとって、女性が宝石やブランド品を自慢するのと同じだ。

妻は料理をすれば上手な方だが、家の中は綺麗にしていないと気がすまない。

妻は僕が見る度に、どこか掃除している。

食器とかキッチン周りの掃除を考えると

時間をかけた料理をする気にならないようだ。

妻は酒好きだから、食事は酒のツマミだと考えているようでもあった。

妻が凝った料理を作るなど考えられなかった。

餃子の皮から作る餃子。アサリの酒蒸し。

手巻き寿司など美味しかった。

食欲よりは掃除洗濯に夢中だった。

妻が何を考えているかわからなかった。

寡黙のときが多く、高倉健のような女性だと思った。

僕に「自立したら離婚するから」とは言わなかった。

髪を濃い茶に染めて、お金があるならばシワの整形をしたいと言った。

会社の喫煙エリアで男性社員と親しく話している。

美貌を最後まで保とうと努力を惜しまない妻。

いつまでも女優でいたいようだ。

妻が徐々に去っていくのを、僕は見守るしかない。

もしかしたら奇跡で、妻は離婚しないかもしれない。

僕は覚悟ができていた。

一生妻の恋愛におびえながらの生活も嫌だと思った。

井上陽水は、「ジェラシーは愛の裏側」と歌った。

嫉妬とはなにか?

妻が他の男と仲良くするのを嫌だと思うのは

嫉妬なのだろうか? 嫉妬はいけないのだろうか?

妻は夫のものなのか?

何度も何度も自分に問いかけて、

不倫で悩むドラマや書物を捜す日々を送った。



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