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##07 李下に冠を正さず

##07 李下に冠を正さず


二月二日(土)

妻は夜九時までオケの練習だった。

大塚駅のプラットフォームまで迎えに行って妻を怒らせた。


二月三日(日)

今日も妻はオケの練習で、池袋駅まで車で送って行く。

妻は、オケの仲間に茶菓子を買って行くと言って

西武デパート方面へ向かった。

見送ってしばらくして妻から電話がくる。

尾行されていないかの確認のようだ。

十八時頃、練習を終えて帰宅した妻に言った。

「オケをやめてくれないか。彼の影がつきまとうんだ。

李下に冠を正さずという、ことわざを知っている?」

「なに、それ?」

「スモモの実のなっている木の下で、かんむり(冠)。

いわゆる帽子をかぶりなおそうとして、手を上げると、

スモモの実を盗むのかと疑われるから、

そこでは直すべきではないという意味さ」 

妻は黙って聞いていた。

「つまり、かんむりがオケで、スモモの実は彼だ」

と僕は言った。

妻は反論しなかったが妻の沈黙攻撃にあった。


二月四日(月)

朝になって、妻が言った。

「オケはやめたくない。やめる理由がない。

自分はマサとは話していない」

僕は会社の昼休みに母に相談すると、

オケを辞めてもらう話を取り下げるなと励まされた。

夜帰宅すると、妻の反撃が始まった。

僕に対して、もう愛情がないと言う。

長女が名門中学に入っていなければ離婚していたと言う。

五年はオケをやらせてくれ。かわりに母の介護をするそうだ。

僕は反撃した。

「それほどオケが生きがいなのに。なぜ?オケで男に走るんだ」

妻は黙ってしまった。

僕は言った。

「決めたよ!オケは、やめてもらう」

妻は死刑宣告でもされたような顔になってしまった。


二月五日(火)

妻からの一月十日の告白メールで、

すでに愛していないと告げられているが、

夜はOK。洗濯掃除はしてくれる。

家庭内失恋している状態だが、愛していなくても、

夫婦をやっている以上、「オケはやめてもらう」と主張した。

僕は三つの作戦を立てた。

一.他のオケに移籍させる。

二.フルタイムの仕事を紹介する。

三.常に監視されていると思わせる。


妻は離婚すれば、生計を立てなければならず、

オケの活動はできなくなるのだ。

十九時からオケの打ち合わせに出かけると、

妻から携帯に電話があった。

僕のとった作戦は妻がオケで外出している間は、

家にいない作戦だ。

つまり妻に監視されていると思わせる。

尾行監視はせずに、夫がどこにいるかわからない状態を作って妻を不安にさせる。

オケの打ち合わせは二十二時までだという。

僕は外出した。

二十二時には家の付近まで戻り、

駐車場の車の中で妻の帰宅を待った。

二十三時過ぎに妻が自転車で帰って来た。

駐車場の隣にあるマンションの駐輪場に自転車を置くのを車から見ていた。

部屋に戻ったのを見届けて、十分程度して部屋に戻った。

妻から、嫌な顔をされた。

中学生の長女からは

「一回の浮気でネチネチとしつこい」と言われた。

娘からも言われるとは思わなかった。

妻の入れ知恵だろうか。

妻にパンフレットを渡した。他のオケの団員募集だ。

妻はパンフレットを見ないでテーブルに置いた。

今日の打ち合わせはオケ事務局長の新たな選任の件だったらしい。

オケには妻を慕う男性が数名いるらしい。

魅力ある妻を持つと不安ばかりがつきまとう。


二月六日(水)

愛していないという妻とベッドの深淵に。

終わって「俺はどんなことがあってもお前とは離婚しない」と言った。

複雑な気持ちだと妻は言った。

妻に僕の会社の事務員の仕事を紹介した。

妻を自立させよう。

いつまでも妻を自立させない夫ではいたくない。

嫌いな夫と同じ職場にいるなんて、

妻もどんな気持ちなのだろう。

どうして快諾したのか、わからない。

オケの退団を阻止しようと考えている妻だが、

今の現実を考えると、

退団したくないと、思いっきり言えないようだ。

来週、外で食事しようかと言ったが、妻に無視された。

娘には今度食べに行こうかと言っている。

また僕への攻撃を娘らにさせるためか?

オケ退団に踏み切れないで、苦悩している妻。

長女にはストーカーと言われた。父親のプライドは消失している。

妻が携帯電話を盗み見されないように、常に離さないのは、

マサとの関係が続いている証明だと思うが、

妻はわからない。

「お風呂に入っている場合も携帯を風呂場まで持って行け」

と皮肉を言った。


二月七日(木)

面接が終わり、僕と同じ会社での妻の正式採用が決まった。

妻は反対しないで、むしろ喜んでいるように思えた。

もらう給与で自活できるからだろう。


二月八日

僕の小遣いの三倍以上になる妻の交際費用を捻出するために、

仕事はしたくないと思った。

飲み代、七種類の高い香水や化粧品、月5万円以上の携帯電話料金。

コップを割りたくなる気持ちになってくる。

「明日のオケの練習後に飲んできていい?」

と妻はたずねてきた。

僕が黙っていると。

「二月の退団は無理。定演が終わった五月に延期させて!」と、妻が要求をしてきた。

「飲みには行かないと言ったよね?」と僕が言うと、

妻は大声で、「もうこの話はしない」と言った。

かわすのが、うまいなあと思っていると、十秒経過した頃、

「私みたいな派手な外向きの女性と結婚して後悔しているでしょ?」

と、言ってきた。

僕もかわそうと、なにも答えなかった。


二月九日(土)

オケの練習日だった。

妻はオケをやめたくない、僕はやめさせたい。

練習から帰宅した妻との口論が始まった。

「オケをやめさせて彼との縁を切りたいのね」

と妻が言った。

「そのとおり」と僕は答えた。

「今日から送迎をやめるよ」と言ったら、

妻は目を見開き驚きの表情をした。

送迎しない。妻から行方をくらました方が効果がある。

妻はオケの練習に行っても監視されているかと思うと、

妻は不安になるだろう。

「あなたのことが、よくわかった、ひどい。

ねえ! 昔のあなたに戻ってもらえない。

いきなり!こちらを向かれても困る」

妻を放し飼いにしていた。

一切干渉せずに、朝の挨拶とベッドの深淵だけでつながっていた。

目撃から四十五日目になった。

マサとの不倫が終わっていないような気がする。

「どうしても飲みに行きたいならチェックだ。携帯電話を見せてほしい」

妻はためらいもなく僕に携帯電話を見せた。

僕は携帯電話の受発信履歴画面をのぞいて言った。

「なぜ、履歴がゼロなんだ。なぜ全部クリアーした?」

妻は無言のまま夜中なのに家を出て行ってしまった。

出て行った妻を僕は追いかけなかった。

一時間もしないで深夜二時頃に帰って来た。

僕が追いかけてくると思ったのだろうか?

追いかけて家に戻るのを条件にしたい。

オケをやめなくてよいと約束させたかったのだろうか?

戻った理由はなんだろう?

派手にお金を使う妻に一度も文句は言わなかった。

母の教えかもしれないが、

結婚したら片目をつぶれと言われて僕は守った。

小言や愚痴を言ったり、詮索するのが嫌いなのは、

お互いに似ていた。姑問題も皆無だった。

父母は、でしゃばらない。口出しもしない。

盆正月に必ず帰省する必要もない。


二月十三日

妻が僕の職場での初仕事となった。

社員数六百名程の会社だが、スモールオフィスを各拠点に置くスタイルをとっていた。

妻は秋葉原にあった営業所の、

総務および経理補助の仕事を担当する。

営業所の社員はシステム技術者で、

大手ソフト会社へ常駐させており、

五名程度しか社内にはいない。

社内常駐者は外回りが多く、会社では妻一人の時間が多かった。

週三日の出勤で、仕事は月末の締めのときが忙しかった。

一ヶ月間は前任者の引継ぎがあった。

事務で必要な表計算ソフトのエクセルを妻に教えた。

筋がいいのか、すぐにマスターしていった。

妻は仕事を家に持ち込むタイプだった。

気がつけば会社の仕事をやっていた。

明日の仕事の準備もかかさない。

妻と一緒に帰宅するようになった。

妻が気になるお店によって一緒に夕飯をすませたり、

ときどきは娘を呼んで外食したり、食材の買い物に付き合ったりした。

僕は週に数回は夕食担当を勤めた。


二月二十三日

今日は僕が離婚を決意した日だった。

「昨日は彼に自宅から電話しただろう。

固定電話の履歴を見たんだ。

もう連絡しないと誓ったじゃないか」

「ああ、あれね。彼との電話は公私を区別している。

私的な会話はしてないわ」

「絶対電話しないと宣誓までして誓ったじゃないか」

妻は逆上して「やっぱり駄目ね、私達」

中学二年の長女も、小学五年の次女も僕らの口論を真剣に聞いていた。

僕は涙が出てきて止まらない。泣いてしまった。

「離婚はしないよ」と僕は言った。妻との決別の涙だった。

今すぐには離婚はしないが、将来は離婚をする決意の涙だった。


二月二十四日

妻はオケの練習日だった。

練習に行く前に「マサとは密談しないと誓約書を書いて!」と言ったら、

妻は「絶対書かない」と言った。

「誓約書を書いても、あなたは約束を守らない人だからね」と僕はこたえた。

妻は反論できなかった。

僕なら宣誓までして大嘘をついたらあわせる顔がない。

「わかった。それじゃ罰として、密談が発覚したら離婚はしないけど、

オケ活動は、やめてもらう」

妻は「ひどい、人間性が問われる」と言った。

今のオケは五月の定演でやめる。

妻のOKをもらった。

練習には次女が同行して、マサとの接触がなかったと報告してくれた。

妻はなにもなかったように僕に対して明るく振舞う。

不思議な女性だ。一筋縄では行かない女性。

宣誓までして嘘をついた。

人間として許せないが、今すぐ離婚すれば、娘たちも妻も僕さえつらい生活になる。

十五年続いた結婚生活だ。

別れるのも五年はかかるだろう。

妻も事務職をえて自活できれば離婚したいはずだ。

今はタンポポの種蒔き段階だ。自分だけじゃない。

妻も娘たちも無理なく飛んでいけるようにしよう。

妻は、次女が成人する頃には離婚するだろう。

妻は就職したので、収入が安定したら早まるかもしれない。

徐々に離婚準備をしていこう。

妻を見習ってダイエットをして若返りしよう。

食事制限を始めるようになった。

離婚されても男一人で生きていけるように練習していこう。

まずは自分の食べる分は自分で作る。

家庭内自炊を始めた。

精いっぱい妻に優しくしておこう。

別れていくときは、優しくあるべきだ。

夫婦間がもめればもめるほど、マサに相談する妻。

マサとは一度のキスだけだったようだ。

いや! キス以上と疑うのは僕だけのようで、

長女や母もキス以上はないと言う。

映画でも妻がキスだけだと主張しても、

夫は信じないのが一般的のようだ。

映画『マイ・ブラザー』でも、

信じない夫は精神的におかしくなってしまう。

映画『憧れのウェディング・ベル』でも、

妻が酔いに任せて他の男性とキスしただけで別れてしまう。


二月二十五日

妻が昨日の約束を忘れて、「オケはやめたくない。

オケの大事な親友と縁を切らせるのか?」と言ってきた。

僕があきれた顔をして答えないでいると、

「サオリに相談したの。

オケをやめなくていいと言っているわ。

サオリは、いつわたしが包丁で刺されるか心配している」と妻が言った。

「暴力をふるった方がいいのだろうか?

それが普通の男がすることかな?」と僕はたずねた。

「そんなことしたら、すぐ出て行く」

「でも、あの日、『馬鹿なことをするな、目を覚ませ。

わたしをぶってほしかった』と言ったじゃないか」

「たしかに言ったけど。暴力は、あなたらしくないわよね」

「とにかくオケはやめてもらう。五月の定演までと約束したじゃないか」

「お願いだから監視尾行はやめて」

「今まで騙され続けて、おかしくなった。

安心するまでは、じっくりと観察するよ」


三月七日

人生の一大事を救ってもらったビルオーナーの博文社長を表敬訪問した。

社長とはロックバンド仲間の紹介で知り合った。

年齢は六十歳前後で水戸出身の気骨のある性格だ。

「転職は落ち着きましたか?」と社長がたずねた。

「おかげさまで新しい会社で問題なくやってます。

それも優秀な弁護士を紹介してもらったおかげです」

「あの弁護士は最強ですな。自分は助けてもらったことはなかったですが。

あるビジネスのトラブルで、敵方の弁護士でした。

強敵です。見事に、こちらの弁護士が敗北してしまったのですよ」

「たしかに、あの弁護士を敵に回すと、負けますね。

社長に紹介してもらう前に、何名か自分で弁護士を探して相談しました。

弁護士は会社が言うのが妥当だと言うんですよ。

僕は妥当だとは思えない。

紹介していただいた弁護士に相談したら、見事な戦い方でした。

裁判前に会社が退職金一千万を払うと言ってきました」

「弁護士は、どんな手を使ったのですか?」

「訴訟するにあたり、会社の銀行口座の凍結というか差し押さえを、裁判所に仮申請したんですよ」

「ほ~、それをやられたら、会社の信用がた落ち。

つまり手形が不渡りになったのと同じことになりますな」

「そうなんですよ。会社は、もうグウの根もないんです。

賃金裁判は弱者救済で雇用側より労働者側を優先しますね」

僕は転職が多いのが欠点で、一千万の退職金を出すので、

やめてくれと言われ、退職に応じたわけだ。

有給消化で退職直前の一ヶ月は出社しなかった。

会社は仕事の引継ぎができていないとクレームをつけて退職金を払わない。

退職をするなと言ってきた。

弁護士の話をしているうちに、話すまいと思っていた妻の不倫を語り始めていた。

社長は黙って、僕の話を聞いてから、こう応えた。

「それは負けず嫌いな奥さんが、オーケストラ内でうまくやっていきたいという

打算で交際したのですよ。女は嫌いであれば同じ空気は吸いたくない。

どんなに困難があっても離婚しますよ。

家庭も守りたい。なんでもきっちりとしたい。男を利用したにすぎないのですよ」

社長は妻に面識もあった。他から夫婦問題で数多くの相談を受けていると思った。





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