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##04 妻の不倫目撃

4 妻の不倫目撃


十二月二十六日、夜が深まり、街の灯りもほとんど消えかけた午前零時前。自宅マンションの正面入口に佇む僕の目に、信じがたい光景が飛び込んできた。薄暗がりの中、妻が見知らぬ男と腕を組み、恋人同士のように寄り添って歩いている。ふたりは親密そうに、建物の周りを一周、二周とゆっくり巡っていた。


息をひそめ、マンションの応接間の窓からその様子をじっと見つめていると、ふと妻がこちらに視線を向けた。まるで見られることを予期していたかのように、彼女は一瞬で僕を見つけ出し、その目が驚きに微かに揺らぐ。そして彼女は慌てた様子で男の腕から離れると、素早くマンションの裏口の門から中へ消えていった。僕は茫然としたままその場に立ち尽くし、冷たい夜風が頬を打つのも感じない。


気がつけば、僕の体は勝手に動き出していた。足はその男を追っていた。妻と別れてひとり路地へと歩き出したその背を、僕は早足で追いかける。ようやく男の進行を遮るように前に立ち塞がると、ゆっくりとその顔を見上げた。


男は、黙り込んで立ち止まった。僕に視線を合わせるでもなく、何かを隠すように顔を伏せている。酔いでぼんやりした目が、少しずつ僕の顔をかすめるが、その視線はどこか虚ろだ。何とか思い出そうと努めてみたが、この顔に見覚えはない。初対面の男だ。どこかで酔いに任せ、ふらふらと歩き出したかのようにも見える。その様子にますます何か言葉をかけるべきか戸惑い、二人の間に冷たい沈黙が流れる。


その静寂が続いたのは、ほんの十秒ほどだったかもしれない。それとも、数分だったか。けれど僕には永遠のように思えた。そして、ついに僕は諦めたように息を吐き、ふと目を逸らすと、自宅の方へと足を向けていた。家路を急ぐ背中に、夜の闇が静かに重くのしかかってくるのを感じた。


近くのエレベーターで七階の部屋に戻った。

僕が妻を探すと、妻はパウダールームにいた。

妻に「一階の入り口近くの応接間で待っている」と伝えた。

僕は先に一階の応接間まで行ってソファーに座った。

わけもわからずにいきなり人に殴られた気分だった。

どう妻に切り出すべきか、自問自答していた。

結論は出た。覚悟を決めた。

妻が十分もしないでやってきた。

いつもは平気で一時間でも待たせる。

早くやってきた妻の行動に、

僕は別の妻を見ているようだった。


妻と結婚して十五年が経過していた。

まさかの目撃だと思った。

誰もが経験するだろうか。

二人の歩く姿を見て、僕は覚悟した。

映画の名言だが。「別れるときは優しくあれ」

なぜか太宰治の小説「ヴィヨンの妻」がよぎった。

妻に浮気された太宰の中に逃避したかったのだろうか。

小説「ヴィヨンの妻」と同じ切り出しをしてしまった。

僕は何も言わない妻に言った。

「僕はコキュに、とうとう、なりさがったのでしょうか」

僕は小説の主人公に酔ってしまった。

重大な局面なのに。

僕は感情が高ぶると冷静になろうとして、

わざと他人めいた丁寧語になってしまう。

「コキュって?」と、言葉を知らない顔をした妻が問いかけた。

「フランス語で、妻を寝取られた夫のことです」

「絶対に、それはないわ」

「本当にそうなんですか?  

じゃ、どんな関係なんですか?」

妻は男について、説明を始めた。

妻が何を言ったか覚えていない。

僕の心の防衛線が強固になっていた。

目撃以上にショックを受けたくない。

妻の言葉が外国語のように僕の耳に入ってきた。

なぜか、記憶にあるのは

「彼のことは好きよ、でも・・・」の妻の言葉だけだった。

僕は言った。

「好きなら、彼のところへ行ってくださいよ」

妻は黙秘したままだった。

妻は無口なタイプで、たやすく謝罪をしない。

長年一緒に暮らしているのでわかる。

妻は謝罪をして低いポジションになるのを嫌う。

僕は逆だ。謝罪する必要がなくても、

相手の感情を緩和するために謝罪をする。

真夜中でもあり、翌日に話し合いをしようと、

僕は提案した。

妻は一緒にエレベーターで部屋に戻りたくない。

僕は先に部屋に戻った。

僕はベッドに入ったが眠れなかった。

離婚しようと思った。

信じきっていた僕のハートは機関銃で蜂の巣のようになって、

寒い風が吹き荒れていた。

腹いせに自殺するのもいいかと思った。

自分に落ち度があるから浮気されるんだ。

本当にコキュになっていないのだろうか。

コキュの文字が頭の中に津波のように押し寄せた。

妻も眠れないようで、僕の部屋にやってきた。

僕はオスらしい行動をとった。

動物でも交尾をした後に、他のオスに交尾されると

再びメスに交尾して他のオスの名残を消すらしい。

なんだろう? 

妻のお詫びなのか、なにも釈明もしないし、無口である。

スペインの女優ペネロペ・クルスのような顔と目でせまってくるし、

オスはどうしてもメスの体で確かめたくなる。

男と今夜は、寝たあとなのだろうか?

惚れた女性だ。妻を娼婦と思えばいいのだろうか?

娼婦ならば離婚しないでやっていけるかもしれない。

井上陽水の『ジェラシー』歌詞がぐるぐる頭でまわっていた。

「ワンピースを重ね着する君の心は。

不思議な世界をさまよい歩いていたんだ。誰にも云えない事がある」


昨夜の目撃で、妻がなぜ、僕と結婚してくれたのか考えていた。

いつだったか、妻が結婚した理由について話した。

「あのCMソングが、いけないかもね。

ずっと聴いているうちに、歌が頭でグルグル回って、

この人と結婚するかもと思った」

テレビで流れた結婚式場のCMソングだった。

ボーカルは僕が担当した。ロックバンドは週一で活動していた。

ギター、ドラム、ベース担当は広告代理店勤務だったからCMの仕事が回ってきた。

妻に暗示、サブリミナル効果を与えたようだ

暗示させるつもりで妻に聞かせたのではない。

妻がバンドの曲を聴きたいというので、聴かせただけだった。

歌詞は簡単だった。

『グッデイ グッデイ そうさ 今日はブライダル

ハッピー ハッピー フィーリング そうさ しあわせさ

ラブユー ラブミー ドーリンミング

そうさ 僕と君 ハッピー ドーリンミング いつまでも』




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