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##03 次女出産に車衝突

3 次女出産に車衝突


長女が二歳の誕生日を迎えたある日、妻はぽつりとこう告げた。「次の子を、産もうと思うの」


それは突然の告白だった。彼女の目には決意が宿り、その言葉には強い意思が感じられた。僕の驚きをよそに、妻は続けた。「もしお産で母子どちらかしか救えない状況になったら、迷わず子供を助けてね」。彼女は命がけの覚悟で二人目に挑むと言っているのだ。


内心、不安でいっぱいだった。初めての帝王切開からまだ日も浅い。果たして再び手術はできるのだろうか?しかし、妻の決意を前に、僕も覚悟を固めるほかなかった。


七月十九日、ついに出産の日がやってきた。僕は車に乗り込み、石川医院に向かった。病院の隣の駐車場にはラブホテルがあり、僕はその隣に車を停めた。妻を連れて病院の玄関に向かおうとしたそのときだった――背後で、激しい衝突音が響いた。


振り返ると、僕の車の横腹に、ラブホテルから出てきた車がぶつかっていたのだ。瞬時に駆け寄り、運転席の窓を叩いた。中には男が運転しており、その隣には顔を伏せた女性が座っていた。どうやらこちらが病院に急いでいることに気づいたのか、彼はすぐに示談を申し出てきた。時間が惜しかったが、修理費用を全額負担する約束を取り付け、急いで医院に駆け戻った。


待合室に着いたとき、すでに妻は出産を終えていた。医師から「女の子が生まれましたよ。自然分娩で、母子ともに健康です」と告げられ、安堵と共に胸が満たされた。しかし、僕が出産に立ち会えなかったことが、妻には少し不満だったようだ。僕が衝突事故の話をすると、「大丈夫だったの?」とだけ、気遣うように尋ねた。


「乗ってるときじゃなくてよかったよ」と僕が言うと、妻はわずかに微笑んで頷いた。あの事故も、車が身代わりとなって妻と子を守ってくれたように思えた。


妻は強く、自然分娩で小さな命をこの世に送り出した。助手席に座る二人を見つめると、守り抜いた命の重みが胸に押し寄せ、僕もまた、彼女たちとともに生きていく覚悟を新たにした。



妻は再び胸が膨らんだ。

満悦した顔で母乳を与えていた。

「ずっと、こんななら、いいのに」と妻は豊満になった胸をみて言った。

見るたびに自分の胸じゃない。

他人の胸を見るような感じだったのだろう。

長女の時は帝王切開で産道を通らないので

母乳が出なかったようだ。

母体の不思議さをあらためて感じた。

妻が子育てに専念すればするほど、

僕の疎外感は強まった。

次女が幼稚園に行くようになると、

家庭内で女三名が一致団結した連帯感がある。

異性の僕は浮いていて、なにか疎外されているように思えるようになった。

積極的に育児に参加すればいいのだろうが、

子供は好きだが、なじめなかった。

妻はなんでも完璧にやらないと気がすまない性分だった。

幼児から塾に通わせる教育ママだった。

僕は反対したが、きかなかった。

僕自身は中学生になって塾に行った。

小学生の頃は勉強しろと親から言われなかった。

食事も娘中心で、妻は育児に没頭していく。

疎外感が増大した。どこの家庭でも起こるらしい。

子が生まれると妻の夫への愛情は消滅に近くなる。

「あなたにまでかまっていられない」

というのが妻の本音だ。

夫は大切だが子供が生まれる前の感情とは明らかに違う。

子供を絆にして繋がっている家族だ。

僕は家庭での疎外感を埋めるためだったか、

山登りを始めた。

金曜の夜に出撃して山に入り、

日曜の夜まで帰ってこない生活が始まった。

僕は凝り性で熱中すると周りが見えなくなってしまう。

やるとなればどこまでもやってしまう。

中途半端はできない。

反対にやらないと思えばどこまでもやらない。

春と夏だけだが週末は家からいなくなった。

妻からは「週末は母子家庭」と言われるようになった。

妻だけでなく長女も僕に反感をいだいた。

「あなたは、父親じゃない」と言われてしまった。

週末に家庭を顧みないで登山に逃避したからだ。


 池袋の北部にある「上池袋」に移った。

上池袋という町名は池袋駅・大塚駅・板橋駅の中間に位置し、およそ真ん中を明治通りが通る。

東武東上線「北池袋」駅が近い。

町名を変えるにあたって地元住民に聞いたらしい。

新町名案は北池袋だったが、

地元住民が「北じゃない」と猛反対。

「上」になったと聞いた。

池袋の町名に南池袋はあるが下池袋はない。

退職金で新築の上池袋マンションを購入した。

妻が住みたいと強く希望した。


正月は母を連れて、ハワイに家族旅行に行き、

「一生に一度、あこがれのハワイに行きたか」と言っていた母の念願をかなえた。


長女は小学六年、次女は小学三年、妻は四十六歳になった。

妻の風貌は衰えてきたが、他人には変わらなく見えた。体の線も変わらない。

百七十センチになろうとする長身は、すらりとしたままだった。

妻は家庭でも女優を維持していた。

家にいても、いつも身奇麗にしていた。



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