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##01 ヴィオロンの妻 前半部分 (改稿)

ヴィオロンの妻 前半部分 改稿2024

##01 ヴィオロン

##02 子宮縛りの名医

##03 次女出産に車衝突

##04 妻の不倫目撃

##05 「公園で、初めてよ」と妻は言った

##06 不倫は別れる理由にならない

##07 李下に冠を正さず

##08 夫婦が落ちついた

##09 白血病

##10 再発

##11 麻薬でグッド・バイ



アマゾン版の前半部分公開


ヴィオロン――それはフランス語で「バイオリン」を意味する。


妻は東京・笹塚で生まれ育ち、国立音楽大学のバイオリン科を卒業した。学生時代、彼女はその優雅な身のこなしと、繊細な音色を奏でる姿から「蝶々」と呼ばれていた。まるで羽ばたく蝶が音楽を紡ぎ出すかのように。


現在はピアノとバイオリンの教師として生徒たちを導き、さらにオーケストラではコンサートマスターを務めている。女性の場合は「コンサートミストレス」と呼ばれるのが正式だが、皆からは親しみを込めて「コンミス」と呼ばれていた。彼女の指揮する弦楽器は、まるで彼女自身の内なる音楽を表現するかのように響き渡っていた。



妻は有名人だった。身長は約百七十センチ、痩せていて、欧米人のように長い足を持っていた。僕より一歳下で、若々しい美しさを誇っていた。彼女の姿は、どこか現実離れしていて、ただ歩くだけでも人々の視線を集める。だが、それも彼女にとっては、普通のことだった。


ある日、妻に主婦が参加するテレビ番組の出演が決まった。彼女は特に喜んでいたわけではなかったが、友人たちが一緒に出演するという話を聞いて、少し心が弾んでいるようだった。「みんなで出るなんて面白いじゃない?」と笑顔を見せていた。


だが、撮影日が近づくにつれ、状況が変わった。テレビ局から妻に連絡があり、「あなたは普通の主婦には見えない」という理由で、出演を却下されたのだ。「ヤラセはしたくない」というのがその理由だった。妻の美しさや存在感が、あまりにも「普通」でないと判断されたのだ。


その知らせを受けた妻は、静かに怒っていた。「何が普通の主婦よ」と、声に出さず呟いたのを僕は聞き逃さなかった。彼女にとって、自分が特別だという評価は、いつも通りのことだったが、それがこのように拒絶される理由になるとは思ってもいなかったのだ。

結婚した年の晩秋、妻が妊娠した。妻はオーケストラの活動を休んででも子供が欲しいと強く望んでいた。初めて新幹線で彼女の顔を見たとき、直感的に「この人は子供が好きだ」と感じたことを今でも覚えている。結婚したいと思った理由の一つがそこにあったのだ。僕は、なぜか女の子しか生まれないと信じていた。だから、名前も早々に「ミユキ」と決めていた。


その頃、僕は風邪を何度かひいて寝込んでいたが、妻は一度も体調を崩すことなく、家事をテキパキとこなしていた。「私は強いのよ」が妻の口癖で、実際その通りだった。お腹が膨らんできても、布団干しなどを怠ることはなかった。「毎日やらないと駄目なのよ」と言い張る彼女の姿に、僕は少し呆れながらもその強さを頼もしく感じていた。


しかし、布団上げが良くなかったのだろう。妻はある日、突然異常出血し、切迫流産の危険があると診断され、入院することになった。後々、これが妻の恨みの一つとなる。「妊娠中に家事の手伝いをしなかった」と、離婚調停の書類に真っ先に書かれることになる理由だった。千回は言われたかもしれない。幸いにも流産は避けられ、妻は一度退院したが、その後、正月明けに再び入院。今度は子宮口が緩い体質であることが判明し、医師は子宮口を縛る処置を行う準備をしていた。


五月六日、大型連休の最終日。子宮口を縛る手術の直前だった。担当医が休暇を取っていたその間に、妻は病院のベッドの上で流産してしまった。そんなことが、よくあるのだろうか?その報せを受け、僕は病院へ駆けつけた。妻の顔は青白く、無言だった。担当医に対する怒りがこみ上げてきた。あの時、適切なタイミングで手術をしていれば……医師がいなかったせいだ。裁判を起こしたいほどの怒りを感じたが、ミユキが戻ってくるわけではない。僕は何も言わなかった。


日々、病院へ通う日々が続き、家には猫だけが残された。男所帯の家で、妻の愛猫・影千代の世話が僕の新しい日課となった。

影千代はよく下痢をし、掃除が大変だった。飼い主の妻がいないからだ。ペットを育てるのもこれほど大変なら、子育てはどうなるのだろう?「子育てができるかどうかは、ペットを長年育てているかどうかで分かる」と聞いたことがあるが、今となっては、そんなことを考えてしまう自分が少し悲しかった。


流産の翌日には母が九州の大牟田から来て家事を手伝ってくれた。 

母がミユキの遺体を引き取った。

福岡市祇園町にある菩提寺・萬行寺の墓に納骨してくれた。

母は僕らに遺体を見せなかった。

女の子かどうかわからないが母はミユキと呼んでいた。

大げさだが妻はマリリン・モンローに似ていると思った。

マリリンは二度流産している。

マリリンも子宮口が緩かったようで

自伝の中の流産で悲しむ部分は読んでいていたたまれなかった。

マリリンに子供が生まれていたら自殺はしなかったかもしれない。天は二物を与えない。


流産の後、退院して実家静養の妻に二度目の仕打ちが襲った。

母乳が定期的に大量に出る。出し切らなくてはならなかった。

妊娠後期には妻の胸は二倍以上に膨らんだ。

流産したが産道を通ったのでミルクタンクとなった。女体って不思議だ。

洗面器一杯に母乳を出す作業を見ていて痛々しかった。

家に戻った後は僕が飲ませてもらって妻の赤ん坊になった気分だった。

「名前を先に付けたから、早く出たくてしようがなかったのよ。

もうちょっと頑張れば未熟児でも生きて出られたのに」と妻は言った。

僕は、産まれるまでは名前を付けないと決めた。


女は無口なほうがいいと思う。

「なぜ、蝶々ってあだ名なんだ?」と妻にたずねた。

「蝶々みたいにあっち行ったりこっち行ったりしているからって言われた」

「漫画にある『エースをねらえ』のお蝶夫人からきたんじゃないか?」

「お蝶夫人ね、クールでかっこいいキャラクターよね」

「クールで派手なところはそっくりだと思う」

流産について愚痴を言うわけでもない。

いらだたず淡々としている。

自分を哀れんで泣くわけでもなく八つ当たりもしない。

妻の性格は、どこからきているのだろう、

バイオリンに集中して悲しさをまぎらわしているのだろうか。

僕に心配かけないように無理しているのだろうか。

妻は江戸っ子で前を向いて過去でクヨクヨしない、

竹を割ったような性格。

妻が男だったらカリスマのある良いリーダーになれたろう。

弟が二人もいるのも大きく影響していると思う。

僕の母はおしゃべりで話さずにいられない。

まるで機関銃のように話してきた。

聞き役が親孝行だと思い長時間じっと耐える。

テレビのようにリモコンのボタンがあれば消音モードにしたくなる。

妻は逆に必要以上しゃべらない。

語らずクールだ。

おしゃべりじゃない女性は僕を落ち着かせた。

歌謡曲の『船唄』に「お酒はぬるめの燗がいい・・・、

女は無口なほうがいい・・・」とある。

男の本音だろう。

僕には二十四時間ずっといっしょにいて疲れない楽な女性が好きだ。

母への反動で母とは別の女性を求めるのだろうか?

誤解しないでほしい。

妻も熱く語る日もあった。


私のベストセラー作品です


出演 池上季実子 芳本美代子 沢田亜矢子

SAKIMORIシリーズ 二度目の映画化決定 2分の予告編(YOUTUBE)です

https://www.youtube.com/watch?v=ki6_n26NZoo



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