カサブランカで朝食を(6)栄次郎
第三場
リックは、栄次郎とカサブランカのリックの店に帰ってきた。
リックは栄次郎に言った。
「二階に部屋を用意しました」
「ありがとう、妻は大丈夫か?」
「ホリーが、別のホテルで一緒です。
安心してください」
「ありがとう。それじゃおやすみ」
二階の階段を上がりながら 栄次郎はつぶやいた。
「僕は、リヒャルト・ニコラウス・エイジロ
・クーデンホーフ=カレルギーと言う。
オーストリアの伯爵家にうまれた。
母は青山光子と言って、父が日本で大使をしていたとき、
二人は出会って二週間で同棲してしまった。
僕と兄は東京でうまれた。
僕はヨーロッパはひとつになるべきというヨーロッパ共同体を提唱した。
タイミングが悪くヒトラーを批判してしまった。
ヒトラーがあっという間にドイツの総統になってしまった。
ドイツがオーストリアを併合する直前の日に、
開いていたパーティーを急きょ終りにして、
僕は妻のイダとともにスイス大使夫妻が貸してくれた
自動車に最小限の荷物を積み込み、
ナチスのデモ隊であふれる街から脱出した。
デモ隊に囲まれて危険な思いもしたけど、
自動車がスイスの外交官ナンバーであったので紙一重で危機を逃れ、
隣国のチェコスロバキアのブラティスラヴァに逃れた。
翌日、ハンガリーの首都ブダペストに向けて夜中だけを
選んで全速力で走った。
昼間は森の中に潜む毎日だった。
ユーゴスラヴィアからイタリアに入ると、
連絡を受けていた反ナチスのイタリアの将校が出迎え、
スイスまで護衛付きで送ってくれた。
ナチスの宣伝相ゲッペルスが僕を逮捕し公開裁判に
付すと宣言した新聞記事が流れた。
僕は、スイスを本拠地にしながら欧州各地を奔走し、
反ヒトラー運動をすすめ、パリには滞在することが多くなった」
栄次郎は二階へと消えた。