SAKIMORI ナッシングダークネスその2
老婦人はケンジにふれた。「私、まだ生きてる」と独り言を言った。
ケンジを家にいれて、すぐドアを閉めた。
ケンジは尋ねた。「死神って?」
「死神よ。
ねらっているの、中に入ろうと。
ドアをたたいて、いれてくれというの。
先週はガス会社の者だと。
とてもずるいの。
次は市に雇われた土建業者。
みえすいた手よ。
ここを壊すから、立ち退けと。
ドアをあけずにいたら
いってしまった」
「死神? 人間の姿をしているの?」
「変に思うでしょ。でも本当なの」
「かあさん! 見えるの?」
「最初は私も信じられなかった。
ずっと以前私はバスに乗ったの。
前の席にお婆さんがいたわ
編み物していた。
なんとなく見覚えのある顔だった。
若い男が乗り込んで彼女の隣に座ったの。
座っただけよ。
それだけで、彼女は落ち着きを失った
好青年にみえたわ。
彼女が毛糸球を落とすと拾って、
私の目の前で手わたししたの、
指がふれあっていた。
彼は彼女を抱いて空に飛んでいった。
終点に着いたとき、
彼女は死んでた」
「老衰じゃないの?」
「あれ以来何度もみたわ。
あの若い男の姿をね。
誰かが死ぬと必ず彼がいた。
あるときは兵士、
あるときはタクシーの運転手、
一見ごくふつうの若者よ。
なぜわたしだけにみえるのか。
それは、
わたしが年老いて、お迎えが近づいたから、
真実が見えるのよ」
「そいつの顔、知っているなら避ければいい」
「顔はその時々で、違うの」
「だとしたら外では避けようがない」
「だから、出ないの」
「一歩も?」
「もう何年も」
「食料は?」
「届けてくれるわ。
お金とリストは戸口に。
配達人が消えるまで、じっとしているの」
「そこまで」
「死にたくないからよ。
気を許せばすぐはいりこむ、
あの男がね」
ケンジは黙った聞いていた。
「昔は違ったわ。
私も若くて
きれいだった
太陽をあびて
日に焼けると言われても
平気だった
戸外が好きで
太陽が好きで
寒さと暗闇が大嫌いだった」
ケンジは言った。「かあさんはキレイだったよ」
「私はもう老人。
ながく生きてきた。
でも死にたくない。
暗闇で生きている方がまし」