その36 ラクシュミの回顧
その36 ラクシュミの回顧
虎ノ門ビル社長室で、ビルのオーナー博文社長に話した。
「約5年ラクシュミは続きました。あっというまでしたね。
ラクシュミは多いときで30名以上は社員がいました。
解散理由は、ゲーム開発が暗礁に乗り上げたことでしょう。
それと、ITバブルがはじけて、
社員が派遣先から帰ってきます。
全員契約社員なんで、契約期間が切れれば無収入です。
バイトを自分らで探すことになり、
自然に離れていきました。
派遣でプログラムスキルを身につけた技術者は、
正社員として採用してくれるIT会社へ流れていきました」
「なぜ正社員にしなかったのですか?」
「資金はあったと思います。
リスクをとりたくなかったのですね」
「それから、どうしたんですか?」
「1年は、恵比寿にあった通信機会社の社員でしたね。
しかし一度社長を経験したので、
サラリーマンの平凡さに嫌気をさして自らやめました」
「なぜ、社員になったのですかね?」
「とりあえず、生活のために就職したようです。
会社の哲郎の紹介でした」
「やめた理由が、もうひとつわからないですね」
「23歳で、簡単に社長になったからだと思いますよ」
社長は黙って聞いていて、僕は言った。
「やめたあと 宮本は、僕と同じシステム営業がやりたいと言うので、
F社を紹介しました。
しかしやってみたが成果があがらずに、
半年もしないでやめました」
「ゲーム店を開いていますね?」
「池袋の東急ハンズの裏側にありました。
ビルの二階でしたね。
友人に任せていたようです」
「どんなゲームなんですか?」
「僕もあまり知らないんですが。
トレーディングカードというものですね。
宮本はゲーム大会で優勝していて、
その道では有名のようです」
「宮本さんは社長運、ゲームの勝負運で、
運を全部使い果たしたのかもしれませんね」
「僕も同じことを考えていました」
その後宮本はF社をやめて、
社会人としてはじめて入社した秋葉原の会社に再入社した。
ネットの技術者としてがんばると言っていたが、
秋葉原通り魔事件で無念の死をとげた。
通り魔がサバイバルナイフで刺しにきた。
ヨシモトは遠距離からわかって回避したのだろうか。
一緒にいた宮本には50センチの至近距離に来ないとわからなかったのだろう。
宮本は牛乳瓶の底のようなメガネをして視力は弱かった。
宮本と駅とかで待ち合わせする時、
僕とわかるのは至近距離になってからだった。
「宮本には意中の女性がいて、日光にドライブしたんですよ」と、
僕は博文社長に言った。
「そんなことあったんですか?」
「おそらく、そうだろうって思うんですがね。
家族も友人も知らない。それくらい彼は秘密主義なんです」
「それで、どうなったんですか?」
「あいつは、目が悪いから、ガードレールに車をぶつけてしまって、
車は自走できなくなったらしいです」
「イロハ坂は急カーブの連続ですからね・・・」
「だいたいアイツがドライブなんかしますか?
相手の女性、以前宮本から仕事を頼まれていたんです」
人には等しく幸運なカードが配られるとするならば、
幸運なカードが短期間に全部配られる者もいるだろう。
宮本はゲームで幸運なカードを使い果たしたのだろうか。
「宮本は妖精みたいでした」と社長に言った。
「そう、少年みたいな風貌でしたね」
宮本と喫茶店で会えば体はスリムだが、
ラズベリー系のミニケーキを必ず食べていた。
僕と別れたあとは、これからアキバへ行くのが口癖だった。
自分のことはひたすら語らない。
ゲームの世界大会で優勝したなんて僕には語らなかった。
僕は秋葉原通り魔事件以降、しばらく現場に行けなかった。
外出すると、身構えるようになった。
突然ナイフを持った男が来たらどう受けるか、
僕の意識下に根付いてしまった。