その31 僕の落日 忍び寄るオーム
その31 僕の落日 忍び寄るオーム
9月の午後、僕は成田空港のロビーにある喫茶店で、
優作師匠とコーヒーを注文した。
初老の師匠はコーヒーをひとくち飲むと言った。
「ここまで見送りにきてくれてありがとう。
これが最後の日本だと思う」
「やめてくださいよ。最後なんて。
また日本に戻ってきてくださいよ。
これまでいろいろと教えてもらって、ご恩は忘れませんよ」
「もう日本に戻ることはないと思ったのは二度目だ。
昔、俺はタイで一旗あげようと、日本に帰らないつもりで出かけた。
しかしタイの通貨危機だ。アメリカにやられたよ。
タイで、いいとこまで行っていたのに。
あっというまに天国から地獄に突き落とされた」
「本当についてないですね」
「俺はタイから日本に戻ってくるしかなかったんだ。
それが今回の仕打ちだ。うまく行きだすと、駄目になる。
俺は日本に戻らない方がいいようだ」
「今回のことは、見抜けませんよ。明日は我が身です」
「そういってもらえば、少しは気が休まる。
しかし俺はジョーカーをひいてしまった」
「なんで、麻原オウム教と発覚したんですか?」
「守衛のリークだ」
「守衛なんですか?」
「ああそうだ。あの技術者を公安がずっと監視していたんだ。
それを守衛が感づいたんだ。
ある日、あの技術者が出社した後に公安が付近にいるので、
守衛が尋ねたらしい」
「それで発覚したんですね」
「技術者の採用を決めた人事担当は即刻解雇。
俺はその技術者を紹介した(だけな)ので、ウチの社員じゃないが、
会社が風評被害にあってしまった」
「おまえも!気をつけろよ!」
「災難ですね、公安がからむなんて・・・」
「まったくだ・・・・」
「仲間内で麻原教の技術者のブラックリストを回しています。
彼らは、優秀な技術者ぞろいですからね。
偽名も使っているらしいので、
特徴とかいろいろな情報が書かれてあります。
合計で20名以上になります」
「こわいよな。
あいつらが防衛省システムに関与していたなんて」
「この前、防衛省の戦闘ヘリコプターの仕事を技術者に担当させました。
厳しい素行調査は、されませんでした」
「甘いよな。日本は」
「そうですね。
しかし、まだ麻原の弟子らが活動してますよね。
なんとかならないのですかね」
「宗教団体は日本では優遇されているので、無理だな。
政党にもなっているしな。
麻原教も政党になっていたら恐ろしいことになっていたな」
と言って、時計をみて師匠は言った。
「そろそろ出発時間だ」
「もうそんな時間ですか。中国で蘇ってください。
蘇る金狼ですよ」
「ああ・・・。 見送りありがとう」
僕は師匠のさみしそうな後姿を見送った。