その24 地獄とエロ
その24 地獄とエロ
「地獄とエロですか?」と、僕がオウム返しすると、
師匠はうなづいた。
「竹橋の開発現場に技術者の慰問に行ったんだ。
月300時間以上も仕事しているので心配になったんだ。
行ってみると、おびただしい数の技術者がフロアーに、
ばたばたと倒れている。関が原の戦いの後のようだった。
女性陣はスカートの中が大丸見えなんだ。
恥も外聞もなく、下半身をあらわにして倒れている」
「ああ、あの年金データが消えた社会保険システムですか。
有名な地獄ですね。
開発が、火が吹いたのではなく、完全に炎上して。
たしか、デスマーチ(死の行進)になっているそうで」
「そうだ。もう開発が暴走、沈没しているんだ。
サルベージ(沈んだものを引き上げる)も、
火消しも利かない。
完全に迷走してデスマーチが始まった。
俺はこの失敗が将来、必ず大問題になると思う」
「年金ですからね。
手作業からコンピュータ化するにあたり、
データが宙に浮いたり、消えたりしているんですか?」
「ああ、指揮官が倒れ、交代の指揮官がくる。
上層部はコンピュータに携わったことがない。
人を変え、人を増やせば、開発はうまくゆくと思っている」
ひとつのコンピュータシステムは
膨大な長編小説のようなものだ。
何億ページにもなる小説の主人公を男から女に変更する場合、
別の小説家に交代させてすぐ直せるものではない。
ましては小説家を増やしても
すぐに対応できるわけではないのだ。
「かなりの技術者が携わっているシステムですよね。
数万人?」
「ああ、こんなジョークがあるぞ。
このシステムの進捗会議が週一行われる。
ウチの技術者の報告時刻は2時だと言われたそうだ」
「え!もしかして14時でなくて、夜中の2時ですか?」
「そうだ。夜中の2時なんだ。タクシー代が出るらしい。
つまり数万人規模の進捗報告だから、朝9時から始まると24時間かかるそうだ」
デスマーチ、死の行進、 いまやコンピュータシステム用語になっている。
ユダヤ人が、ただ何日も行進させられて離脱して死んでゆくやつだ。
システムで離脱して行くのは技術者だが、
データも消えていくのかもしれない。