その23 コメツキな技術者
東京事業所の売上が黒字展開を始めた頃。
公明から電話があった。
「公明です。お久しぶりです」
「公明君か? 久しぶりだね」
公明が言った。
「友人のツカサがプログラマーで、仕事を探しているんです」
「わかった、すぐ会おう。会社で待っているよ」
数日後に東京事業所に、ツカサは一人でやってきた。
ツカサは、まだ少年の面影があり、色は白く、
人見知りしそうな目をしていた。
無口で、ただ頭を下げるだけの挨拶だった。
職務経歴書をみると、東北出身で年齢は22歳、
プログラマーとしてはVBが8ヶ月程度の経験だった。
「ツカサ君、うちに入社しない?」
「いえ、正社員は不向きなんです」
「そうか、惜しいなあ。
まあ、フリーの方が給与高いからな」
ツカサは、サラリーマンには向かない、団体行動は好まない技術者のようだ。
はじめて会った技術者では、まず顔で判断していた。
これまで会った優秀な技術者の顔に似ているか、照合する。
ツカサの顔を見るといかにもプログラマー向きの人相だ。
次に、声を聞いてみる。
プログラムを多く作れば作るほど声が出なくなる。
声が大きい、よくしゃべるような技術者を見ると、
言い訳がうまいだけで渡ってきた技術者だと思う。
満足にプログラミングができなくても、うまい言い訳で逃れる。
逃げて優秀なプログラマーに任せてしまえばいいのだ。
名プログラマーに、おしゃべりは少ない。
静かで黙々と仕事をする。
人とのコミュニケーションを嫌う傾向にある。
コンピュータとは、プログラミング言語を通して
キーボードで会話していくので、人と話す必要はない。
プログラムを作れば作るほど、話せなくなる。
声も細くなっていく。
僕もプログラマー時代は、だんだんに話すのが億劫になり、
声が細くなっていった。
「ツカサ君、まだ経験年数が1年未満だから、
ウチの正社員なら会社で修行ができるが、
他の会社で修行させてくれるところを探してみるよ。
プログラマーは3年以上経験していないと一人前にみられないんだ。
良い紹介先が見つかればいいが」
ツカサは何も答えず、うなづくだけだった。
ツカサの仕事がみつかった。
業界の先輩であり師匠でもある優作師匠からだった。
「おい、ツカサちゃんを、ウチの技術者につけてやるぞ」
「本当ですか。なかなか見つからないので、
あきらめていました」
「いや、たまたまウチで仕事がとれた。
予算がきついので一人分は出せないんだ」
「ああいいですよ。
明日にでも、ツカサを連れて行きます。
面接よろしくお願いします」
「ウチの技術者が面接して採用を決める。
今のところスキルシート上では問題ない」
数日後に面接が行われた。
ツカサは片言説明しただけで、
愛想もない、ひたすら沈黙を守る。
面接は黙秘権を行使するべきと、勘違いしているようだ。
面接が終わって、ツカサを帰らせて、面接結果となった。
「まったくおとなしいな。コメツキムシのように、頭を何度もさげて。
でもプログラミングはできそうだな」
と、師匠は笑顔で言った。
面接した技術者も師匠に異論がないような顔をした。
採用責任を師匠に任せたという感じだ。
「よっしゃ、これで採用だ」
「ありがとうございます。
じゃ、メールでいただいた『月単金』60万でいいですか?」
「悪いな、安くて。とりあえず、1ヶ月は様子を見させてくれ」
「はい、ツカサは契約社員(個人事業主)ですから、
問題ないです」
「じゃ、来週から着任だ」
「かしこまりました」
出されたコーヒーを飲むと、僕は世間話ついでにたずねた。
「最近御社はどうですか?」
「バブルがはじけて金融の仕事がガタ落ちだ。
そうそう、先週、すごい現場をみて来た」
「また地獄ですか?」
「ああ!地獄に、エロが混雑した現場だ」