その19 年2億円
僕はラッキーだった。
技術者の僕に営業ができたのだ。
母が言った。「あんたが営業できるとは思わんかった」
仕事はエージェントだ。
野球でいうと「スカウト」。
客が欲しいIT人材を見つけて紹介する。
売りつけるのではない。
紹介するだけだ。
技術者の紹介料は一名で月10万から20万になる。
10名紹介して月200万、年間で2400万。
会社は売上が給与より低いと、首にされる。
僕は幸運だった。
フリーで営業をしていた頃の仲間が助けてくれた。
営業の仲間でもあり、社長兼技術者でもあるAが、
僕経由で常駐してくれて、最初の売り上げがスタートした。
どこの会社よりも高い「単金」を技術者に支払うをモットーにしていたら、
口コミで、優秀なフリーの技術者が名乗りを上げてきた。
当時は、オラクルデータベース関連技術者は重宝がられて、
技術者には普通に月100万以上を支払う。
哲郎には「うち(会社)が、もうけないで、
なぜ、技術者にもうけさせる?」と皮肉を言われたが、
僕はフリーの技術者に高額を与えた。
結婚したばかりの女性技術者に、月60万支払う仕事を紹介すると、
夫が信じられないと、
会社へ確認してきた。
他に交換機のシステム設計ができる技術者がいれば
客から月200万でも出したいと言われた。
「交換機のシステム設計できる人はいないだろうか?」
「交換機ってなんですか?」
「電話する場合にまず中継の交換機に電波が飛ぶ、
中継する交換機は世界中にあって、近くの交換機がふさがっている場合は、
空いている交換機を瞬時に探さなければならない。
例えばAさんが新宿から渋谷にいるBさんに電話する。
直接都内で繋がるわけではない。
近くにある中継の交換機に、まずはつながるんだけど、
中継機がふさがっている場合は空いている中継機を探すわけだ。
下手するとアラスカの中継機になることもあるんだ」
「電話して、相手につながるまでの、
あの待ち時間ですか?」
「そうだ!だからその待ち時間が短い方がいいんだ」
「そんなこともシステム設計するのですか。奥が深い」
システム設計の教科書を読むと、間違った設計の例にあげられるものがある。
東名高速道路の設計だ。
わざと曲がりくねった道に設計せずに、直線ばかりで、
事故が多発するのだ。システム設計は難しい。
僕の月売上は平均1500万円以上。
年ベースで、二億円台になった。
売上が上がると、客と技術者を持って独立していく営業マンもいるようだが、
独立する気持ちにはなれなかった。
起業して会社社長など僕の器じゃないし、
今の会社のおかげで売上が上がっているのだ。
売上が多いと、社長は僕を疑うようになる。
裏でリベートをもらっているかもしれないと。
社長が調査指示をしたと、哲郎から聞いた。
リベートなどを、客先や技術者側の会社(仕入先)からもらっていると、
技術者が問題を起こして、客先や仕入先との関係が悪化した場合に、
リベートが社長に知られてしまう。
東京事業所でも、前任の営業マンが解雇されたようだ。
知り合いの会社でも起こっていて、
技術者の紹介料は高額なので頻繁に問題を起こすものだ。
社長のマクベスのような猜疑心が、売上をアップさせたい僕の気持ちを、
消失させてしまった。
会社全体で、僕だけがダントツ売上1位になったが、
2位以下の売上が低迷して、
社長は全員の給与を下げると言う。
哲郎が社長に断固反対してくれた。
僕だけは、給与が現状維持になった。
社長の理不尽に、赤字にならない程度の売上で、
目立たない営業を行うと決めた。