その18 新所長
生保出身の所長を追い出そうと、
社長は、日本三大商社のM商事にいた哲郎を入社させた。
哲郎は僕と同じ大学の先輩で、稲門会の会長をしたこともあり、
僕と同じシステムエンジニア経験者だった。
システム開発未経験の所長とはスキルが違う。
役職は「所長付き」として哲郎は入社した。
なぜウチの会社に、しかも社員5名の東京事業所に来たのか?
M商事は名門企業だ、定年を迎えても、
大企業のお誘いがあってしかるべき。
哲郎は、行く会社がなかったと言っていた。
牛丼をはじめて食べて、毎日食べずにはいられないとか、
ニューヨーク支店長時代が長く、日本ボケしていると言った。
三千万以上の退職金もあるだろうし、
働かなくても年金で生活できるはずだ。
哲郎は言った。「俺は仕事が趣味なんだ」
性格は、お世辞を言ったり、ゴマをするのが嫌いで、
直球勝負で、社長が嫌がることもズケズケと意見してしまう。
大学気質だが、哲郎の性格は大企業では煙たがられるだろう。
M商事では役員になっていいキャリアだが、所詮、宮使い。
上司に迎合して、男芸者になれないと出世できない。
僕も上司には逆らってばかりだったから、今の境遇にある。
社長はシステム関連で利益を出しているうちに、
会社の柱をもうひとつ作ろうと、健康器具のビジネスに進出した。
哲郎だけが猛反対するが、
古参の幹部は犬のようにしっぽをふっていた。
社長は、健康マッサージチェアの製作販売担当を、
なかなか会社をやめようとしない所長に命じて、
東京事業所の新所長に哲郎が就任した。