その2 チェリー豆
夕食は鰻重だけだった。
お腹がすいたので、台所を物色すると、
島原名物のチェリー豆を発見。
紀文豆乳をお供にたいらげる。
チェリー豆は、そら豆を油で揚げている。
生姜風味で奇妙な味がするが、嫌いじゃない。
持ってきたノートパソコンを開いて
チェリーの名前の由来を検索した。
大正10年、鹿島中学の英語教師から
「鹿島の旭が丘は桜の名所だから、チェリー豆としたらどうか」と言われ、
チェリー豆と命名した。
母の母方は佐賀県出身で、母の従兄弟らは島原にいた。
母は何度か従兄弟らに会いに行っている。
「顔が、ひらきとそっくりが多かったばい」
「そうね」と僕は言った。
SNS「ミクシー」に「ヴィオロンの妻」を投稿した。
死んだ妻の話だ。
文章がヘタで書こうとは思わなかったが
50歳代になり突然手記をSNSに書き始めた。
既読数が励みになった。
妻は僕より有名で、国立音大バイオリン科を卒業して、
某オーケストラでコンサートマスターを務めていた。
毎週練習の後に団員と飲みに行き、午前様が常だった。
身分相応の結婚じゃなかった。
ブサイクな僕とモテモテの妻では不釣り合いかもしれない。
妻に一目惚れした僕の負けだ。
妻の恋愛を目撃してしまう。