「ティファニーで朝食を」での国吉康雄
母愛理はワーナー・ブラザースの重役の息子と結婚した。
日本海軍が真珠湾攻撃をして、ドイツ人がユダヤ人を迫害したように、
米国人は日本人抹殺計画を検討しだした。
特にカリフォルニアでは日本人排斥運動はさかんで、。
愛理の夫は心配して、妻愛理を中国人籍にした。
カリフォルニアの日系人は財産も家も没収されて、収容所へ送られた。
収容所で病死する者もいた。
愛理の叔父国吉は康雄と言った。
岡山県出石町で誕生して、16歳で渡米した。
米国では鉄道工夫、農業労働者、ホテルの雑役夫などの肉体労働をしながら公立学校に通い、
スクール・オブ・アート・アンド・デザインに入学して画学生となった。
シアトルからロスを経由してニューヨークに渡り、
イーストビレッジで画家仲間と、絵の学校に通いながら、絵の修行を行った。
画家キャサリン・シュミットと結婚して、
資産家のハミルトン・イースター・フィールドから生活の援助を受けて、芸術を高めていった。
ニューヨークのマンハッタンにある美術学校の教授になる。
国吉康雄はカポーティの「ティファニーで朝食を」で登場する。
名前は「ユニヨシ」とされた。
カポーティが南部からニューヨークに行き、
下宿したアパートの大家さんがユニヨシだった。
アパートには「ティファニーで朝食を」の主人公で、
映画ではオードリー・ヘップバーンが演じたホリーも住んでいた。
ホリーは国吉の絵や写真のモデルをしていた。