SAKIMORI(幻冬舎刊)の続編 はじまり
母の日記が見つかった。
母は映画の脚本家だった。
数多くの母の映画脚本を整理している時に見つけた。
母は毎日日記を書いていなかったようだ。
思いついた時に書いていて、日記は一週間以上ブランクしていることもあった。
母は映画「カサブランカ」に携わっているのはわかっていたが、
ハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマンの初めての出会いのシーンが断片だが書かれてあった。映画ではボツになっている。
パリのカフェ 午後2時頃
リックはカフェで休憩していた。
隣のテーブルに座っていたイダは、
新聞で夫・栄次郎の死を知って呆然としていた。
リックは、イダが栄次郎の妻だと知らない。
新聞が突風にあおられて、リックのテーブルに落ちた。
リックは、新聞が通りに、吹き飛ばされないうちに拾い、
「これは、あんたのものじゃありませんか」と英語で言った。
イダは、リックがアメリカ人なのだと思った。
リックの目が黒いのを知ると、
イダは「もしかして日本人?」
「わかりますか」
「私の夫も日本人のハーフなの」
リックは、勝手にイダのテーブルに座った。
「こちらの方が、ずっと景色がいいですね」と言って、
聞いたこともないくらいお粗末なフランス語で、
コーヒーを二杯注文した。
リックの注文を聞いて、イダは笑ってしまった。
「どっちのほうが面白いですか? 僕の訛りと顔と?」
とリックは尋ねた。
イダ・ローランは実在する。
実在するオーストリア貴族・栄次郎の妻だ。