ヒッピーはいなかった
夢の中にナオコが出てきた。
「初めての東京は、どう?」
「毎日が異次元の世界にいる感じ。
歌舞伎町は、映画『真夜中のカーボーイ』みたいだった」
「どんな?」
「夜は、毎日お祭り騒ぎで、平気で酔っぱらった男女が道路に横たわっていたり、
喧嘩もあったり」
「夜、新宿に行っていたの?」
「あこがれていた。ヒッピーを探していた。それが、いないんだ」
「あれはね。新宿から追い出されて、中央線沿線に移ったのよ」
「新宿は大規模な工事をしていた。
地下にショッピングモールができるらしい」
肩までのびた髪で、裾がラッパのジーンズをはいて、
「ピース」と言って指を二本立てる。
集まっては、フォークソングを歌い、裸足で歩くことを好む、自由人。
福岡ではみたことがない人種だった。
日本のヒッピーはフーテンと呼ばれて、新宿に集まっていた。
しかし僕が行った頃の新宿は工事の真っ最中で、
テレビで観たフーテン集団はいなかった。
地下街を作る工事で、後年「新宿サブナード」と呼ばれるようになる。
上京して僕は一度もヒッピー(フーテン)を見たことがなかった。
新宿は無秩序で、戦火の後のようなバラックが集まり、素性もわからない
怪しい人種が集まり、飲んだくれがいたる所に倒れて寝転んでいる。
店はあやしいアングラ的で奇抜な店が集まったところだと思っていた」
「アングラね。アングラって何?」
「一度図書館で調べたよ。アンダーグラウンドの略。
商業性を無視した前衛的・実験的な芸術運動」
「あ〜。小野洋子さんが好む表現ね」とナオコは言った。