バーテンダー見習い
ピアノバーでアルバイトしようと思い、求人募集で浅草に行った。
浅草にはピアノスナックバーが多いと週刊誌で読んだ。
求人募集のピアノスナックの看板を見つけた。
店のカウンターにすわると、しばらくして中年風の男性が別室から登場して、
ピアノの弾き語りを始めた。
座った後姿は猫背で、ピアノ職業病だと思った。
ジャズの曲を一曲弾いたあとに、
客の男性が歌いたい楽譜本をもってピアノに近づいた。
客は「夜の銀狐」や「コモエスタ赤坂」などの歌謡曲をピアノの伴奏で歌った。
ピアノマンが休憩でカウンターに来たときに、声をかけて話した。
「ピアノの弾き語り修行ができますか?」
ピアノマンは客がいない時に練習できると言った。
バイトもできるし、ピアノマンから弾き語りの極意も教われると思い、
バーテンダー見習いで働こうと決めた。
店にスロットマシンが置いてあって、百円玉を入れてゲームができる。
三つのバーがそろうと百円玉が五十枚落ちてくる。
カウンターで、スロットの成り行きを見ていて、
そろそろバーが三つそろうタイミングがわかるようになった。
何回か当てたが、店のマスターに見つかり、注意を受けた。
店は朝の四時までで、
店が終わると、相撲の朝稽古をしている九重部屋を見ながら始発の電車を待った。
周辺は浅草寺の裏にあたる、
東京北部地域を回る屋台ラーメンの帰還場所で、
ラーメンスープの独特なニオイが漂っていた。
バイトをはじめて一ヶ月が過ぎたがピアノマンは何も教えてくれなかった。
店をやめた。