恋愛の勝ち逃げ(愛去り)
好きなのに去っていく……
夫に飽きられてフラれる前の、幸せなうちに——
男に去られる前に、生きがいを見つけて——
ゲームで言えば、負ける前にさっさと“勝ち逃げ”していくようなもの。
いや、「勝ち逃げ」という例えは適切ではないかもしれません。
けれど、僕にはそう思えてならないのです。
そんなテーマを感じさせる恋愛映画を、いくつか挙げてみましょう。
ルコント監督の『髪結いの亭主』(1990)、
そして東陽一監督の『化身』(1986)と『湾岸道路』(1984)。
『髪結いの亭主』(1990)
ルコント監督は、男性の視点から男女のシリアスな葛藤を描くのが本当に上手いと思う。
『仕立て屋の恋』(1989)で受けた衝撃は、今も僕の中で消えていません。
この『髪結いの亭主』では、女性が“勝ち逃げ”してしまう。
それも、自ら命を絶つという形で。
アントワーヌは、女性の床屋・マチルドと結婚したいという長年の夢を叶える。
二人は一緒に暮らし始め、
夢を手にしたアントワーヌは、彼女以外の何も必要としなくなる。
仕事も、友人も、子供さえも。
店には様々な客がやって来ては帰っていき、
幸福で静かな日々が続く。
マチルドは多くを語らず、
ただ静かに微笑みながら、アントワーヌを深く愛していた。
ところがある雷雨の日、店に客がいない中で行為を交わしたあと、
マチルドは「買い物に行く」とだけ言い残し、雨の中へと走り去る。
次に再会したとき、彼女は川から引き上げられていた。
もう息はしていなかった。
「あなたが心変わりして不幸になる前に死にます」
そう書かれた手紙を残して——
夫に飽きられ、フラれる前の幸せなうちに、
死を選んだのだ。
つまり、性的な関係だけを求める夫が、
彼女が年を取ったときに見向きもしなくなると直感したのだろう。
もしも彼女に、もっと精神的な愛情が注がれていたなら、
結果は違ったのかもしれない。
『めぐりあう時間たち』(2002)で、
バージニア・ウルフが入水自殺する場面とも通じるものがあり、
突然の死は、サリンジャーの『バナナフィッシュにうってつけの日』をも思わせる。
東陽一監督の作品から二作
東監督は「愛から去っていく=愛去り」を、
ひとつのテーマとして追い続けているのかもしれない。
『化身』(1986)
男に去られる前に、生きがいを見つけて去っていく女。
原作は渡辺淳一の同名小説。
主演は藤竜也と黒木瞳。
黒木さんと阿木燿子さんの大胆なヌードは、印象的だった。
ある人が言っていた。
「蕾から花へと育てたのに、気づけば蝶になって飛んで行ってしまった」と。
霧子はまだ男を愛していたが、
元恋人・史子と彼との関係を知ってしまい、愛の不確かさを感じてしまう。
そして、男に去られる前に、自ら新しい生きがいを見つけて去ってゆく。
男の視点で描かれているため、
女性を“育てて”“飼育できる”と思っているところが、少し滑稽でもある。
『日曜はダメよ』(1960)も、
自分好みの女にしようとして失敗してしまう話だった。
恋愛とは、常に一期一会なのだろう。
『湾岸道路』(1984)
原作は片岡義男。主演は草刈正雄と樋口可南子。
愛する妻を湾岸道路に置き去りにして、男が去っていく物語。
この作品には、特別な思い入れがあります——
つづく