目撃2 太宰治に逃避
五度目の重版 書き直し中
妻と結婚して15年が経過していた。
まさかの目撃だと思った。
誰もが経験するだろうか。
二人の歩く姿を見て、僕は覚悟した。
映画の名言だが。「別れるときは優しくあれ」
なぜか太宰治の小説「ヴィオンの妻」がよぎった。
妻に浮気された太宰の中に逃避したかったのだろうか。
小説「ヴィオンの妻」と同じ切り出しをしてしまった。
僕は何も言わない妻に言った。
「僕はコキュに、とうとう、なりさがったのでしょうか」
僕は小説の主人公に酔ってしまった。
重大な局面なのに。
僕は感情が高ぶると冷静になろうとして、
わざと他人めいた丁寧語になってしまう。
「コキュって?」と、言葉を知らない顔をした妻が問いかけた。
「フランス語で、妻を寝取られた夫のことです」
「絶対に、それはないわ」
「本当にそうなんですか? じゃ、どんな関係なんですか?」
妻は男について、説明を始めた。
覚えていない。
僕の心の防衛線が強固に貝になっていて、目撃以上にショックを受けたくない。
妻の言葉が外国語のように僕の耳に入ってきた。
なぜか、記憶にあるのは
「彼のことは好きよ、でも・・・」の妻の言葉だけだった。
僕は言った。
「好きなら、彼のところへ行ってくださいよ」
妻は黙秘権行使状態に入った。
妻は無口なタイプで、たやすく謝罪をしない。
長年一緒に暮らしているのでわかる。
妻は謝罪をして低いポジションになるのを嫌う。
僕は逆で、謝罪する必要もなくても、相手の感情を緩和するために安売りの謝罪をする。
真夜中でもあり、翌日に話し合いをしようと、僕は提案した。
妻は一緒にエレベーターで部屋に戻りたくない。
僕が先に部屋に戻った。




