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夏目漱石 三四郎 漱石の恋愛論
三四郎の友人は言う。
「ばかだなあ、あんな女(美禰子)を思って。
思ったってしかたがないよ。
第一、君と同年ぐらいじゃないか。
同年ぐらいの男にほれるのは昔の事だ。
八百屋お七時代の恋だ」
三四郎は黙っていた。
けれども与次郎の意味はよくわからなかった。
「なぜというに。
二十前後の同じ年の男女を二人並べてみろ。
女のほうが万事うわてだあね。
男は馬鹿にされるばかりだ。
女だって、自分の軽蔑する男の所へ嫁へ行く気は出ないやね。
もっとも自分が世界でいちばん偉いと思ってる女は例外だ。
軽蔑する所へ行かなければ
独身で暮らすよりほかに方法はないんだから。
よく金持ちの娘や何かにそんなのがあるじゃないか、
望んで嫁に来ておきながら、亭主を軽蔑しているのが。
美禰子さんはそれよりずっと偉い。
その代り、夫として尊敬のできない人の所へは
はじめから行く気はないんだから、
相手になるものはその気でいなくっちゃいけない。
そういう点で君だのぼくだのは、
あの女の夫になる資格はないんだよ」