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夏目漱石 三四郎 白い雲
「何を見ているんです。ぼくにはわからない」
「私さっきからあの白い雲を見ておりますの」
なるほど白い雲が大きな空を渡っている。
美禰子は、
「雪じゃつまらないわね」
と否定を許さぬような調子であった。
「なぜです」
「なぜでも、雲は雲でなくっちゃいけないわ。
こうして遠くからながめているかいが
ないじゃありませんか」
「そうですか」
「そうですかって、あなたは雪でもかまわなくって」
「あなたは高い所を見るのが好きのようですな」
「ええ」
美禰子は竹の格子の中から、
まだ空をながめている。
白い雲はあとから、
あとから、飛んで来る。