【1】思えばいつもこうだった
幾らなんでも、冷酷無比と言われる竜王に嫁ぐことになるだなんて!
――――ことの発端はいつもの癇癪だ。
「嫌よ!竜王に嫁ぐなんて!」
妹の美世が癇癪声を上げる。
「冷酷無比で気に入らないと纏めて氷漬け!?そんな恐ろしい竜人、ごめんだわ!」
この世界には人間と竜人がいる。竜王さまは竜人たちの象徴である。しかし届く噂は美世の告げた通り。
「落ち着きなさい、美世。この家は代々竜王に花嫁を輩出してきた巫女の家なのだ。今更反故になど出来ない!」
お父さまが叫ぶ。
竜人には女性が少ない。故に人間から花嫁を娶るのだ。その中でもうちは竜王に花嫁を嫁がせてきた。
「なら咲柚が行けばいいじゃない!」
美世が私を指差す。
「咲柚には既に婚約者がいるだろう!」
そうだ。私は長女として既に竜人の三雲さまと婚約をしている。
「それなら私が三雲さまと結婚するわ!三雲さまだって私の方がいいって……もうあんなことまでしちゃったんだから」
「美世、お前……姉の婚約者に手を出したのか!」
「やだ、先に声をかけてきたのは三雲さまよ。冴えないお姉さまよりも私の方がいいって……」
確かに私は地味だし黒髪黒目の平凡顔。美世は薄茶の髪と瞳の美少女だが。
しかし三雲さまに裏切られていたなんて。
「婚約者らしいことなんて何一つされてないんでしょう?」
「……それは」
ぎゅっと下唇を噛む。
「私なんて会いに来られる度に衣やお菓子をもらっているわ。あなたはどうなの?」
「……」
瞼の影がさらに暗くなる。
「何ももらってないんでしょう?三雲さまが言っていたもの」
婚約者と言っても数回しか会ったことがない。会ったことがあっても会話などほとんどしたことがない。
「あんたみたいな平凡女、話すだけでも嫌なのですって」
声が気に入らない、しゃべり方が気に入らないとしゃべることすら禁止された。女は黙って男の言うことに従えと。
しかし美世とは違ったのだ。その事実にふるふると身体が震える。
「もういい!竜王さまには咲柚、お前が嫁ぐんだ!」
「……はい」
ビクンと肩を震わせる。鬼気迫るお父さまの言葉に断ることなど出来なかった。
私はいつも貧乏くじ。何も言い返せず、ただ怒鳴られるままに従うだけ。
どうすれば……どうすればこの地獄から抜け出せるのだろう。
――――思えばいつもこうだった。
幼い頃、私はまだ何も分かっていなかった。
「お母さま、あのお人形さんが欲しい!」
それはただの子どものごく普通の風景だろう。しかしお母さまはカッと目を見開いた。
「ふざけるんじゃないわよ!」
「いたっ」
パシンと頬に痛みが走る。そしてじんじんと、熱を持つ。例えようもない感情が目尻を熱くする。
「あんたがそんな地味な見た目で生まれたから竜王さまに嫁がせることが出来なくなったのよ!!他に婚約の貰い手が見付かっただけ感謝しなさい!」
この家は竜王さまに花嫁を嫁がせてきた。だからこそ私の役目はそのはずだった。
「その分美しく生まれた美世が竜王さまの花嫁になる。これで我が家は安泰だわ!だからあんたは……っ」
「いたい!お母さま、いたい!」
乱暴に腕を引っ張られる。どうして……どうしてお母さま。
「煩いわね!あんたは黙って大人しく嫁げばいいの!それがあんたの役目なのよ!」
「いやぁ……っ、いたい……いたいよぉ……わああぁぁぁんっ!」
嫁ぐのが嫌だとか、そんなんじゃない。幼い時分に理解できるはずもない。
でもお母さまに愛されないこと。
理不尽な大人からの暴力。
それが辛くて、悲しくて、ただ泣き叫ぶことしか出来なかった。
「いたいよぉ……」
「煩い!泣くんじゃない!煩いのよ!」
バシン、バシン、バシンバシンバシン。
そんなものを毎日のように受けた。
愛されることを諦めた。泣いても誰も守ってくれないのだと知った。
――――いつしか泣くのをやめた。
「やったぁ!新しいお人形さんだぁっ!」
「ふふふ、美世は本当に美しいわねぇ。ほうら、新しい着物も買ってあげるわよ」
「わぁい!じゃぁねぇ、わたし、あれが欲しいの!」
美世がきゃっきゃとものをねだる様子を見せつけられながら私はひとり立ち尽くすだけだった。
どうしていつもこうなのだろう。
――――そしてそれは現在でも。
婚約は美世と三雲さまのものとなった。
『私、婚約者が欲しいの』
何もかも与えられた美世は竜王さまとの縁談を切り言葉通り何でも手に入れた。
「美世、遂にぼくたちは一緒になれるんだ!」
銀髪に瞳孔が縦長の金色の瞳、白い竜角、銀色の尾の竜人が美世を抱き締める。
「ええ、三雲さま!」
美世は美しい頬をほころばせる。
「ああ、やっとこの冴えない女から解放される。もううんざりだったんだ」
はぁ、と溜め息を吐く三雲さま。
「んもう、正直に言ったらかわいそうよ」
「ふん、こんな女のことを気にするだなんて、美世は本当に優しい子だ」
三雲さまは瞬時に優しい笑みを浮かべ美世を撫でる。
「やだ、三雲さまったら」
呆然と、立ち尽くす。私はいつもこうだ。
私はいつまでこんなものを見せつけられるのだろうか。
「おい、咲柚。お前いつまでここにいる」
「え……っ」
「ぼくと美世の間を邪魔するな!消えろ!」
激しい風が衣を裂き、血飛沫が舞う。竜人の異能だ……!
「きゃあぁぁぁあぁっ」
激しい痛みに思わず悲鳴を上げる。
「無様だな」
三雲さまがせせら笑う。
「その傷だらけの身体で竜王さまの前に出てみろ」
「……っ」
ゾクリ、傷の上から何かが這い上がる。
「きっとご機嫌を損ねて捨てられるに違いない!それとも氷漬けにされるかもなぁっ!あの御方はお怒りになるとその場一帯を氷漬けにされたそうだ」
「……っ」
ふるふると震えが止まらない。
「お前もそうなるんだよ」
「そんな……」
頭の中も痛覚もぐちゃぐちゃで。
「あっはっはっはっはっはっ」
「ふふふふふっ、あははははっ」
何て……ひどい。私は竜王さまの花嫁にもされず殺されるのか。
ただその絶望の中、感情を手放したかった。
――――そして地獄はまだ終わらない。
三雲さまにズタズタにされた衣と肌にお父さまもお母さまも怒り狂った。
美世や三雲さまにじゃない。こんな失態を働いた私に。
「竜王さまのご機嫌を損ねた際はお前自身が死んで詫びるのだ!我が巫女の家の名に傷をつけるんじゃないぞ!」
お父さまが卓に拳を叩き付ける。
「……はい、申し訳、ありません」
震える声でひたすら土下座した。
頭を蹴られ、踏まれ、お父さまの怒りが収まるまで……ひたすらに。お母さまもそれを止めやしない。私は地味で平凡で……不出来な娘だから。
「無様だわぁ。生け贄に相応しいわね」
その最中美世がせせら笑う声が聞こえる。
私は花嫁じゃない。生け贄として捧げられるのか。
私はただ、その言葉にギュッと拳を握るしかできなかった。
――――幼い頃、私はお母さまに捨てられた。泣くことも許されず、美世が欲しいものは美世のもの。
それでも……。
「お父さま、私、この着物が欲しいわ」
美世が私の着物を指差した。新しいものなど買ってはもらえない。古着を大切に大切に着回していた。
「咲柚!咲柚!」
お父さまが怒鳴る。
「その着物を美世にあげなさい」
「でも……」
着古した着物でも私にとっては唯一のお気に入りだった。
「我が儘言うんじゃない!美世が欲しがっているんだぞ!!」
ドスンッ。
乱暴に床に投げられた。
「ほら!早く脱げ!!」
「いや……っ!やめてっ!」
お父さまが帯代わりの肩巾を乱暴に引きちぎる。
「我が儘言うんじゃない!何て聞き分けの悪い!」
「せめて……着替えさせ……っ」
ぶるりと身震いをする。
「煩い!美世が欲しがっているんだぞ!」
何で……何で何で何で……っ。美世が欲しがるからってどうして……どうしてこんな目に遭わないといけないの……?
「早く脱げ!」
強引に着物を剥ぎ取られ、肌着姿で震える。顔を上げることもできず、汗がだらだらと吹き出る。
「このグズめ!」
鈍い痛みが身体中に響き渡る。また身体のアザが増えていく。寒い、寒い……凍てつくような。
「ほうら、美世。美世の欲しがっていた着物だぞ」
「わぁい、お父さま、大好きよ!」
美世が畳の上で軽く跳ねながら甲高い声を上げる。
「はっはっはっ。美世はかわいらしい娘だ」
私は……お父さまにとっても娘じゃないのか。
――――私は両親に捨てられたようなものだ。




