死して屍拾う者なし
超能力、という言葉がもはや死語になりつつある今、この力は『異能』と呼ばれる事が多い。
小説や漫画でよく語られる『加護』や『スキル』のようなものが一番近いのかも知れない。ただ、魔道士だの賢者だの戦士だのといったものは、令和の日本では何の意味もない。
今、こういった『異能』持ちは政府が管理する仕組みが出来ている。
病院や学校、役所が連携して異能に目覚めた者を検知し、政府と情報を共有する、そんなシステムが既に運用中であり、おまけにその歴史は意外に長い。
「まぁ、我が国における異能の歴史についてはざっとこんな具合ですね。何か質問はぁ?」
やたら広い会議室の電子ホワイトボードの傍に立っている、引っ詰め髪の地味な女は、メガネの位置を直して平然と言い放つ。
ホワイトボードには、パワーポイントで作られたであろう『いらすとや』の画像素材がふんだんに使われた資料が写し出されている。
「えーっと、色々とご質問や納得のいかないこともあると思いますが、納得してください」
「ま、待ってください! 私たちそんな、いきなり『あなたたちは国の管理下に置かれます、自由はありません』なんて、そんなこと納得しろって言われたって!」
「そうだよ、俺達の基本的人権はどうなるんだよ!」
同じ会議室には、俺の他に3人が席についている。
取り乱したのはメガネの女よりも歳上であろう、30歳くらいのやたらフェミニンな服の女だ。
次いで立ち上がったのは、恐らくはスポーツマンであろう、ジャージを着た若い男だ。
詰問するような言葉にも、眼鏡の女は全く怯まない。
「皆様の基本的人権は、本日0時0分をもって終了しましたぁ♪」
にこ、と笑みを浮かべたまま、とんでもない事をあっさりと言い切った。
「なお皆様の戸籍、住民票いずれも抹消しておりますのでぇ、皆様は法律上存在しておられません」
「ど、どういうこと……? ねぇ! 私の家族は!? 両親はどうなるのよ! 私、来年結婚する予定だったのよ!」
「なぁ、俺の来週の試合どうなるんだよ! 俺のバスケの、県大会予選は!?」
「存在しない人間には家族も両親も結婚もございません。それに、当然来週のバスケの県大会予選もありません。さて、それじゃあ他にご質問も無いようですのでぇ――」
「ふざけんな! 俺は帰るぞ! こんなところに――」
ジャージの男は突然倒れ込んだ。
白目をむき、全身を激しく痙攣させて泡を吹いている。
「繰り返しますがぁ、みなさまは私同様、法律上存在していません。そして私は、皆様を問答無用で制圧できる『異能』を持っています。法律上存在しない死体が転がったところで、焼却炉に放り込む生ゴミが増えるだけですよぉ?」
相変わらず穏やかな笑みを浮かべた眼鏡の女は、フェミニン女に顔を向けた。
「ご質問は? ありませんねぇ?」
「あの、ひとつ良いですか」
4人――いや、3人になった会議室の中のメンツで、俺以外に残った一人が静かに手を上げる。
多分50歳か60歳くらいだろうか、袈裟をきた坊さんがゆっくりと身を乗り出した。
「我々は、何のためにここに集められたんです? まず、そこを確認したいんですが」
「あっ、そうでした。そこをまだご説明していませんでしたね」
こつん、と自分の手で軽く自分の頭を小突いて、いかにも『てへぺろ』とでも言わんばかりに舌を出す。
おどけたような笑みを浮かべたメガネの女は、ホワイトボードの画面を切り替える。
「とりあえずですね? 皆様にはもうお名前もございませんので、コードネームと言いますか、ニックネームで呼ばせていただきますね。まずそちらのお坊様は、『和尚』さんと呼ばせていただきます。それからそちらのお姉さんは……そうですね、フリルさんで。あと先ほどからお静かなそちらの方は、雰囲気から殺し屋さんでいかがです? はい良いですね。じゃあ和尚さんのご質問についてですがぁ」
とんでもないニックネームを付けられたものだ。
和尚とフリルの2人の視線が痛い。ちらちらとこちらを見て来るので、俺は顔の動きだけで『前を向け』と促す。
「結論から申し上げますと、異能をお持ちの皆様は、他国からの侵略に備えていただきます。目下日本に対して敵対的アプローチを繰り返しているのは某C国と某K国、それから某R国ですね」
「そ、それはその、ちゅうご――」
「セイセイセイ、それ以上はやめておきましょうねぇ? 消されちゃいますよ? 一応、日本以外にも異能を持っている者がいまして、それぞれの国で政府が管理してます。日本に様々な攻撃を仕掛けています。みなさんは、ご自身の異能で我が国への攻撃を防いでほしいんですよぉ」
「あの、でもその、異能っていっても、それってどんな?」
メガネの女が何かをクリックすると、ホワイトボードの画面が切り替わる。
画面に写し出されたのは、痙攣を終えてすっかり動きも呼吸も停まった男の顔。
「えーと、そこの彼ですが……いわゆる予知能力でしたね。一番ありふれてる異能です。はい次」
異常なくらいにあっさりと、ホワイトボードに顔が写し出された。
「和尚さん、あなたは『扇動』の異能です」
「え、そ、そんな……私は扇動なんて事をした覚えは……」
「じゃあ次ですね。フリルさん。あなたは磁気を操る異能です。あなたが異能をコントロール出来れば、特定の電化製品を壊したり誤作動を起こさせたり出来るんですよぉ」
「うそ……そんな、じゃ、じゃあスマホが壊れるのもパソコンが壊れるのも、そのせい?」
にこ、と嬉しそうに微笑むメガネがマウスを操作すると、最後に俺の顔写真が写し出された。
「殺し屋さんは、『祟り』の異能です。和尚さんとフリルさんの異能は、同じのをお持ちの方が大勢おられますけど、殺し屋さんの『祟り』は初めてです。SSRレアですね。おめでとうございますっ」
「そりゃどうも」
殺し屋という呼び名は、実は間違ってない。
正確には殺し屋というものではなく、和尚と全く反対の立場、祟り屋というやつだ。
依頼者からターゲットを指定され、呪いや祟りを使ってターゲットを始末する。手付金と報酬を貰って、それで生活をしている。
「殺し屋さんはぁ、とりあえず自衛隊専属の『異能持ち』として、私としばらく一緒に行動して頂きます。研修がありますので、頑張りましょうねっ?」
「よろしく」
短く答えた俺を、まるで穢らわしいものでも見るようにフリルが睨みつけた。
「あなた、なんでそんな平気なのよ……」
「商売柄ね。冷静じゃないと仕事にならないんで」
「ま、まさか、本当に殺し屋……?」
「さぁ、どうだろうなぁ?」
俺はまた視線と顔の動きでメガネを指し示す。
にっこりと嬉しそうに微笑んだメガネは、ホワイトボードの画面を切り替える。
桐の紋と菊の紋に合わせて『日本国』と大書されたスライドだ。
「じゃあ皆さん、よろしくお願いしまぁす」
緊張感のない声で元気よくそう言うと、メガネは資料を机の上で整えて顔をあげた。
「では改めて。ようこそ異能部隊『必殺仕事人』へ。私は小隊長です。異能は『停止』です」
実に嬉しそうに、『小隊長』は満面の笑顔を俺達に向けた。
完全に「つい出来心でやった、今は反省している」というタイプのショート・ショートです。
ブラックコメディは難しいです。




