そのコメント、小学生ですよ?
1.ななし 20**/07/26
なんで嘘をついたらいけないんですか?
それって誰かが作った価値観の押し付けですよね。
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「はあ、ったく。また小学生が湧いてるよ。これだから夏休みは嫌なんだよなー」
掲示板にはいつもよりも多くのスレッドが立っていた。なんとなく開いてみたスレだったが、思った以上に議論が白熱していた。
割り箸でポテチをつまみながら左手でマウスのホイールを転がす。海苔の香りがくどくなってきてコーラを一口飲む。
31.ななし 20**/07/26
>>1
別に嘘をついたらいけないとかないよ
嘘はつかない方がいいけど嘘をつくことは犯罪じゃないから
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小学生相手に何てことを言っているんだ。こいつも小学生なのか?
もっとこう……あるだろう。愛とか倫理とか。
ネットの奴らは本を読まないからいけない。衝動的にキーボードを叩く。
36.ななし 20**/07/26
嘘をつくことが問題なんじゃない、嘘をついたせいで信用できなくなることが問題なんだ。
疑念と信頼が衝突すれば相手が傷つくことになる。だから嘘をついてはいけないんだ。
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勢いで書いたせいで変な口調になってしまったけれどまあいいだろう。ニーチェを読め、ニーチェを。
満足してコーラを一気飲みする。これがニーチェの引用だってわかるやつがどれだけいるか。
まあどうせわかるやつはほとんどいないだろう。
40.ななし 20**/07/26
>>31
ニーチェの引用とかしてるくせに中身スカスカでくさ
それが価値観の押し付けだって言ってるのに読解力ないのかな?
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こいつ、ニーチェを知っているのか!?
ガキだと思っていたけれど案外哲学を極めんとする大学生あたりなのかもしれない。
くそ、確かに価値観の押し付けだと言われれば反論は難しい。
42.ななし 20**/07/26
>>33
返答にはなってなかったかもしれないけど間違ったことは言っていないと思う。
悪は弱さから生じる。自分の弱さを人に押し付けているだけってことだろ。
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43.ななし 20**/07/26
>>36
だからそれが価値観の押し付けなんだよw
まじで読解力無さすぎて草生える
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ペットボトルを握りつぶす。せっかく哲学的な議論ができると思っていたのになんなんだこいつ。
どうにかして論破してやろうと思い、キーボードに手を伸ばす。
その時ピンポーン、とチャイムが鳴った。通販も頼んでいないのに誰だろうか。
椅子から剥がすようにしてなんとか重い腰を上げる。けれどカメラには誰も映っていなかった。
イタズラか、と思い椅子に座り直そうとしたらまたチャイムがなった。
カメラにはやっぱり誰も映っていない。
仕方なく玄関に向かい、覗き窓から外を見てみる。
黒い髪をした誰かの頭頂部が見えたが、誰なのかはわからなかった。
「誰っすか? 何も頼んでないっすけど」
呼びかけてみても返事はない。
少しだけドアを開いて外を覗いてみることにした。
けれどドアチェーンをしていなかったせいで、隙間に手を差し込まれて一気にドアが開かれた。
急に扉が開かれたせいで転んでしまって見えなかったが、誰かが家に入り込んだみたいだ。
慌てて起き上がって部屋に向かうと、なぜか俺のベッドに美少女が座っていた。
切り揃えられた艶のある髪の毛に、黒目がちな大きな目。見た目は中学生くらいだろうか。
赤い着物を着た彼女は物語の中の座敷童のようだった。
どういう状況だ?
不法侵入者か、怪異現象か、美少女がいきなり部屋に侵入してくるなどどちらにしても現実的ではない。
俺は考えても無駄だと判断して思考を放棄した。
とりあえず侵入者が屈強な男ではなかったことに安堵して、椅子に座ってキーボードに手を伸ばす。
「は? なんで無視してんのよあんた。この状況で頭おかしいんじゃない?」
どうやら幻覚ではなかったらしい。
「なんなんだ、お前。警察呼ぶぞ、夏休みか? 俺は忙しいんだ、さっさと帰れ」
俺がそう言うと、彼女は真顔になって————笑い出した。それも腹を抱えての大爆笑だ。
「あははっ! 小学生とのレスバがそんなに楽しいの? 岐阜県のユウトくん8歳。あんたの言うことなんて何もわかってないと思うけど」
「8歳がニーチェなんて知ってるわけがないだろ。というかお前は誰なんだ。本当に警察を呼ぶぞ」
なんとか笑いを堪えた彼女は、目の端に涙を溜めながら胸を張る。
「私はアリス。インターネットの女神よ!」
アリスと名乗った少女は自慢の名乗りにご満悦の様子だ。
でも女神ってなんだ。共感性羞恥がすごい。
「インターネットアイドルってことか?」
夏休みで羽目を外しすぎた自称インフルエンサーの女子中学生といったところか。
安直なネーミングもいかにも中学生といった感じだ。
「言っておくけど、アリスっていうのは略称だから。A Lady of Internet Culture Embody. 《インターネット文化を体現する淑女》どう? かっこいいでしょ!」
どうやら厨二病も発症しているらしい。英語も少し怪しい。
まともに相手をしていても仕方がなさそうだ。
「はいはい、わかったから。帰ってくれるか。それともお母さんに迎えに来てもらうか?」
アリスはまだ子供だが見た目はかなりのものだ。
こいつの母親ならかなりの美人に違いない。
「だ〜か〜ら〜、私は女神なの! 私の母親はインターネット! はあ、わかったわよ。真実を見せてあげる」
そう言ったアリスは立ち上がって俺に近づいてくると、俺の顔を鷲掴みにした。
アイアンクローのようではあるが、手が小さすぎて目隠しをされているだけという感じだ。
それなのになぜか手を振り払うことができなかった。
体が動かない。力が入らないというよりも金縛りに近い。
すぐに手を離すとアリスはベッドに座り直した。
「ほら、レスバを続ければ? ユウトくんとね」
硬直が解けて体は動くようになっていた。
言われてパソコンのモニターを見てみると、何かがおかしかった。
1.ななし ——(2)——20**/07/26
なんで嘘をついたらいけないんですか?
それって誰かが作った価値観の押し付けですよね。
…
…
…
…
36.ななし ——(32)——20**/07/26
嘘をつくことが問題なんじゃなくて、嘘をついたせいで信用できなくなることが問題なんだ。
疑念と信頼が衝突すれば相手が傷つくことになる。だから嘘をついてはいけない。
…
…
43.ななし——(8)—— 20**/07/26
>>36
だからそれが価値観の押し付けなんだよw
まじで読解力無さすぎて草生える
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ハンドルネームの横に、何か数字が浮かび上がっていた。
ななし——(8)——
ユウトくん8歳……?
俺は慌てて振り返る。アリスはニヤニヤとしながら俺を眺めていた。
「なによ、レスバするんじゃなかったの? ネットでイキってるだけの小学生をコテンパンにして優越感に浸りたかったんじゃないの? あ、コテンパンにされて顔真っ赤にしてたのは千葉県のジロウくん32歳のほうだったっけ」
「お前、なんで俺のことを知って——」
「ああ、そういうのいいから。女神だって言ってるのに、それで分からないならいくら説明しても無駄じゃない。もしかしてあんたには難しかった?」
確かに画面に浮かび上がる数字が本当に相手の年齢ならば、アリスを女神だと信じるしかないかもしれない。
けれどそんな事はあり得るのか?
ブックマークからSNSを開いてみる。
しずか(新卒丸の内OL)——(10)——@sizuka0612
仕事忙し過ぎて今日まだグミしか食べてない(泣)
————————
一緒にグミの写真が貼ってある。
——(10)——
しずかさんは新卒美人OLだったはず……。
「子供のおやつじゃねえか!」
背後でアリスがケラケラと笑っている声が聞こえた。
スクロールしていく度に絶望は深くなっていく。
同級生は誰もフォローしていなかったので、母校と卒業年を入れて検索をしてみた。
ユウタ——(32)——
@yuuu_ta83
野山証券岐阜支店で証券マンやってます。
エレキギターと将棋が趣味の8歳と3歳の息子がいる2児のパパです。
————————————
————————————大学経済学部**年度卒
ユウタ——(32)——@yuuu_ta83
8歳の息子が引きこもって青空文庫や哲学書を読みまくってる
もしかしたら天才かもしれない
————————
「どう? 信じる気になった?」
信じることができなかった。
大学時代の親友と自分の現在にこんなに差があることが。
「信じられるかぁー! こんなのは現実じゃない! こんなの狂ってる!」
「なによ。オカルトやファンタジーは信じない、とか言うんじゃないでしょうね」
「証券マンで二児のパパ? それになんだこの嫁さん。美人すぎんだろ!」
「いや、驚くとこおかしくない? 年齢可視化スキル。あんた特殊能力手に入れたんだよ?」
そうだった。危うく絶望に飲まれるところだった。
確かに言われてみれば能力を確かめることが目的で検索したはずだ。
——(32)——
これはもう認めるしかないのかもしれない。
「俺は負け組だああああ!!!!」
机に頭を叩きつける。
ぐすん。現実が辛い。
アリスが近づいてきて頭を撫でてくる。
「よしよ〜し、可哀想に。いい子いい子」
少女に頭を撫でられるという屈辱が背徳感に変わって……?
そんなわけがない。最高に屈辱的な気分だった。
「やめろ! 俺は子供じゃない!」
「え〜? 小学生相手に顔真っ赤にしてた奴が何言ってんの? というか超絶浅いことしか言えてないし、ほんとにニーチェなんて読んだことあんの?」
「あ、あるよ! 一応。大学の時に……」
ユウタに無理やり読まされただけなので正直うろ覚えだった。
アリスはそれに気づいているのか、ずっと笑いを堪えた顔をしている。
「残念だけど、超人にはなれそうにないわね」
「そんなことはどうだっていいだろ! それよりもなんなんだよこの能力は。なんで俺なんだ」
「えーっと、面白そうだから? リア友と一人も繋がってなくて、ネットに依存していて現実が見えていない引きこもりにネットの現実を突きつけたら面白そうじゃない!」
「悪魔か! どーすんだよこれ、フォロワー欄が地獄なんだけど!」
——(10)——
——(8)——
——(61)——
——(10)——
——(53)——
——(9)——
——(10)——
「俺のネットを返せ」
「はぁ〜。言っとくけど見え方が変わっただけだから。誰も何も変わってないし、これが現実なのよ」
それにしてもこれは酷すぎるんじゃないだろうか。
今までチヤホヤしてくれていたお姉さんたちの正体が、なんでこんなことに。
「あんたの精神年齢が低いから似たやつが集まってきたんじゃないの?」
アリスはもう隠す気もないようで声を出して笑っている。
「もう負けを認めるから、この能力を消して出ていってくれないか?」
とりあえずアリスが女神——少なくともただの女子中学生ではないことは確かなようだ。
「嫌よ、消したくないわ」
「嫌ってなんだ! 普通こういう時は同意っていうものが必要なんじゃないのか? できるなら消せ!」
「だから嫌だって言ってるでしょ。せっかくの交渉材料をただで手放すわけがないじゃない」
どうしよう、こいつ倫理が一切通用しない。
しかも盛大なマッチポンプにも全く罪悪感がないらしい。
「はあ、わかったよ。じゃあどうすれば良いんだ? あんまり無茶なのはやめてくれよ」
このままではネット恐怖症になりそうだった。
引きこもりとしては致命傷に近い。
「じゃあその状態のまま普通に生活してくれればいいわ。私は観察させてもらうから」
会話になっていなかった。
「だからそれを終わらせてくれる条件を聞いてるんだ」
「んーっと……」
…………。
特に何も思いつかないらしい。
アリスはキョロキョロと天井を見上げている。
「え、なに? もしかして俺って一生このままなわけ?」
「ま、そんなことはどうでもいいじゃない。気にしても仕方がないことは考えない方がいいわよ。どーせどうにもならないんだから」
諸悪の根源にそんなことを言われたら夢も希望もなかった。
憂さ晴らしにユウトをいじめてやろうと思ってキーボードに手を伸ばすと、アリスが割り込んできた。
「あんたレスバ弱いんだからやめときなさいよ。ちょっと見てなさい」
すぐにレスが更新されたので確認してみる。
65.ななし——(2)—— 20**/07/26
>>43
で、夏休みの宿題やったのか?
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完全なチート技だった。
——(2)——
「ってかスレ主お前かよ!」
68.ななし——(8)—— 20**/07/26
>>65
何言ってんの?wwwww
社会人に宿題とかねーからwwwww
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アリスは腹を抱えて笑っている。
こうして、俺の地獄のインターネット生活が幕を開けたのだった。




