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捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

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第8話 捨て先

 再び執務室へ入った時には、兄たちの姿はなかった。


 残っていたのは国王と、机の端に控える文官が一人。

 そしてレオンの後ろへ、当然のようにセリスがつく。


 さっきよりも空気は静かだった。

 そのぶん、逃げ場もない。


 国王は余計な前置きをしなかった。


「行き先を告げる」


 助かる。

 この手の話で回りくどい前振りほど面倒なものはない。


「北方辺境、フェルド領だ」


 その名を聞いた瞬間、さっきまで曖昧だった嫌な予感が、はっきり形になった。


 フェルド領。


 記憶の端にあるのは、遠い北、寒さの厳しい土地、という程度だ。

 王都の人間が好んで口にする地名ではない。

 明るい話題と結びつく領地でもなかった。


「表向きの任は、現地経験のための視察と補佐だ」


 国王は続ける。


「王族として地方行政を知れ。将来どの立場にあろうと、無意味ではない」


 名目は綺麗だ。

 経験。視察。補佐。

 どれも間違ってはいないのだろう。


 だが、それで実態が変わるわけではない。


 王都から遠い。

 寒い。

 面倒が多い。

 そして、喜んで行きたがる者がいない。


 それだけで十分だった。


「フェルド領は、ベルクライン辺境伯家の管轄であったな」


 レオンは確認する。


「そうだ」


 国王は短く答えた。


「お前は王都に残しても役が薄い。外へ出し、現地を見させる」


 やはり言う。

 言い方は違っても、結論は同じだ。


 ここに置いておく理由が乏しい。

 だから外へ動かす。

 それだけの話だった。


「私に何を求めますか」


 レオンが問うと、国王は淡々と答えた。


「立て直せとは言わん」


 少し意外だった。


「王族として恥をさらさず、現地を見ろ。必要な書面を持ち帰れ。報告を上げろ」


 つまり、成功は最初から期待していない。


 壊滅だけ避けて、最低限の報告を持ち帰れ。

 それが王の基準だ。


 逆に言えば、失敗しても大損害にならない範囲へ送っているのだろう。

 本当に上手い。

 期待しないことで、責任も薄めている。


「分かりました」


 レオンはそう答えた。


 断れない。

 分かっている。

 だからせめて、無駄な反発はしない。


 ただ、内心では静かに線を引く。


 王宮は自分を本気で育てるつもりはない。

 使い道の難しい王子を、遠くへ置き直すだけだ。


 だったらこちらも、王宮へ忠義を尽くして期待に応える必要はない。

 押しつけられた仕事を、自分が潰れない形で処理する。

 今はそれだけでいい。


 国王は最後に言った。


「王命は明日、正式に下す。出立準備を進めろ」


 やはり来た。

 明日。

 正式な命令。

 逃げ道なしだ。


「補佐にはセリスをつける。文書、連絡、報告系統はそちらで整えろ」


「承知いたしました」


 セリスが答える声は、相変わらず揺れない。


 国王はもうレオンを見ていなかった。

 話が終わった案件から視線を外す、あの感じだ。


「下がれ」


 たった一言で、面談は終わる。


 レオンは一礼し、踵を返した。

 背中へ何か言葉が飛んでくることはない。

 気をつけろ、もなければ、期待している、もない。


 本当に、最後まで乾いた席だった。


 執務室を出る。

 扉が閉まる。

 それだけで、肩の奥に入っていた無駄な力が少し抜けた。


「……フェルド領、か」


 口に出してみると、やけに重かった。


 セリスは隣で淡々と返す。


「北方辺境の領地です」


「人気はなさそうだな」


「好んで向かう方は少ないでしょう」


 それだけだった。

 余計な説明はない。


 レオンは回廊の窓から遠い空を見た。

 王都の外はまだ知らない。

 フェルド領がどれほど酷いのかも、実際には見ていない。


 けれど一つだけ、もうはっきりしている。


 ここにいても、自分の席はない。

 なら外へ出るしかない。


 厄介払いであっても、捨て先であっても、王宮の端で空気のまま腐るよりはましかもしれない。

 少なくとも現場は、会議室よりましだ。

 前世でもそうだった。


「殿下」


 セリスが呼ぶ。


「何」


「明日から忙しくなります。命令書の受領、随員の確認、道中の手配。無理はなさらない方針でしたら、不要なものから切ってください」


 皮肉なのか実務なのか、少し迷う言い方だった。


 レオンは小さく笑う。


「君、最初から遠慮ないな」


「遠慮で仕事は減りませんので」


 なるほど。

 少なくとも、この女となら無駄な建前は減りそうだった。


 レオンはもう一度、窓の外を見る。

 王都の空は綺麗で、どこか薄情だ。


 明日、正式な王命が下る。

 フェルド領行きは決まる。

 そしてたぶん、ここにいる多くの人間は、それで少しだけ静かになると考えるのだろう。


 第三王子が遠ざかる。

 盤面の余白が一つ片づく。


 そう思われていることに、今さら腹は立たなかった。


 ただ――押しつけられた先でまで、前と同じ潰れ方をするつもりはない。


 その決意だけを、レオンは静かに握り直す。


 次の日、自分の名で下される王命が、どんな顔で王宮へ受け取られるのか。

 それを思うと、不安より先に、少しだけ現実味のある面倒くささがこみ上げてきた。

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