第6話 兄たちの温度
最初に口を開いたのは、第一王子エドガーだった。
「三弟に実地を経験させること自体は、よい判断かと存じます」
声まで隙がない。
高すぎず低すぎず、聞き取りやすく整っている。
正しそうに聞こえるのが厄介なタイプの声だ、とレオンは思った。
エドガーはレオンを見た。
笑ってはいない。
だが冷たく睨んでもいない。
その中間にある、もっと扱いづらい目だった。
「王宮で学べることには限りがあります。地方、軍、財政、いずれにせよ、自分の責任で一つ持つ経験は必要でしょう」
言っていることは筋が通っている。
あまりにも通りすぎていて、反論しづらい。
お前はここでは余っているから、外で何か持て。
要約すると、だいたいそういう意味だった。
国王は何も言わず、今度はガレスを見た。
第二王子は腕を組んだまま、少しだけ顎を上げる。
「俺は別に、どこでもいいと思う」
率直すぎる答えだった。
「王都で何か任せる感じでもないだろ。軍は向いてなさそうだしな」
言い方は雑だ。
でも、悪意を飾る気もない分だけ、ある意味では分かりやすい。
ガレスはレオンを見た。
値踏みというより、本当に興味が薄い人間の目だった。
「机に向かう仕事なら、まだそっちの方がましなんじゃないか」
言外に、剣や馬では使えないと言っている。
だが、それもたぶん本心からの侮辱ではない。
この兄は単純に、得手不得手をそのまま口へ出しているだけだ。
エドガーが小さく息をついた。
「兄上、その言い方では誤解を招きます」
「誤解も何も、そのままだろ」
「そのままでも、言い方はあります」
会話の形は穏やかだった。
けれど、そのやり取りだけで二人の性質がよく見えた。
エドガーは整えて支配する。
ガレスは押して進む。
どちらも中央に存在感がある。
その中で自分は、最初から枠外だ。
王位争いの駒としてすら、本命ではない。
脅威でもない。
だからこそ、この場にこうして落ち着いて立っていられるのだろう。
怖がられていない。
期待もされていない。
それは、時に同じ意味になる。
「レオン」
突然、エドガーが名を呼んだ。
レオンは顔を上げる。
「お前自身はどうしたい」
さっき国王にも似たようなことを聞かれた。
だが、エドガーの問いは少し違う。
意見を尊重したいのではなく、答え方そのもので人間を測る問いだ。
ここで野心を見せれば、それはそれで警戒される。
無気力すぎれば、ますます軽く扱われる。
要するに、どちらへ転んでも自分に有利にはならない。
本当に、会社の面談みたいだな、とレオンは思った。
前世の上司にもいた。
答え自体ではなく、受け答えの温度で扱いやすさを見てくる人間が。
「今は、判断材料が足りません」
レオンは短く答えた。
「王宮のことも、この国の地方のことも、まだ十分に分かっていないので」
国王がわずかに目を細める。
エドガーの表情は変わらない。
ガレスだけが、ほんの少しだけ面白そうな顔をした。
「だから、任せられるなら見ます。見たうえで、できることをやります」
やる気の表明ではない。
拒絶でもない。
ただ、今の自分に言える実務的な答えだ。
数拍の沈黙のあと、エドガーが口元だけで薄く笑った。
「無難だな」
「無難で悪いことがありますか」
思わず返すと、ガレスが小さく吹き出した。
エドガーは笑みを消さないまま言う。
「悪くはない。だが王家では、ときに無難さは何も選ばないことと同義だ」
その言葉は綺麗だった。
綺麗すぎて、刃物のようだった。
レオンはそこで、ようやく少しだけ分かった。
この兄は、ただ見下しているのではない。
自分にとって価値の薄い相手ですら、きちんと評価軸の上へ置き、そのうえで切り分ける。
人を部品として見るというのは、たぶんこういうことだ。
一方でガレスは、あからさまに退屈そうに椅子へ寄りかかった。
「どっちでもいいが、王都に置いといても変わらんだろ」
「兄上」
「違うか? こいつがここで何かやる感じはしねえ」
真っ直ぐすぎる。
配慮はない。
けれど、遠回しな圧よりはまだ扱いやすい。
少なくとも、何を考えているかは見えやすかった。
国王は二人のやり取りを遮った。
「もうよい」
その一言で、空気がすぐ静まる。
やはりこの部屋で一番重いのは国王だ。
エドガーの整った支配も、ガレスの武の圧も、王の前ではまだ補助線に過ぎない。
「お前たちの意見は分かった」
国王はそう言ってから、レオンを見た。
「レオン。お前がここで戦力外だと、自分でも理解しているな」
あまりにも直接的だった。
レオンは一瞬だけ黙る。
だが、否定しても意味がない。
「……はい」
「ならば、話は早い」
国王の口調に情はない。
責めてもいない。
ただ、処理が一つ進んだ時の事務的な滑らかさがあるだけだ。
レオンはそこで、胸の奥が妙に静かになるのを感じた。
ここまで露骨なら、逆に迷わない。
自分は最初から王宮の中心ではない。
担ぎ上げられる玉でもなければ、守られる末子でもない。
外へ出される。
たぶん、それがこの場の結論だ。
そして、その時だった。
国王が扉の方へ視線を向ける。
「入れ」
すぐに扉が開き、一人の女が入ってきた。
濃紺の女官服。
まとめられた黒髪。
無駄のない所作。
目元だけで、相手を一瞬で値踏みしそうな鋭さがある。
彼女は王の前で一礼した。
「お呼びでしょうか、陛下」
国王はレオンから目を離さないまま告げた。
「セリス。この件の補佐に回れ」
その女官は、静かに顔を上げた。
その視線がレオンへ向いた瞬間、彼はなんとなく分かった。
この女は、優しくはない。
だが、使える人間かどうかを見極めるのは、たぶんとても速い。




