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捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

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第4話 呼び出し

「いつですか」


 そう尋ねると、近侍は表情一つ動かさず答えた。


「お支度が済み次第、ただちに」


 やっぱり良い話ではなさそうだ、とレオンは思った。


 本当に体調を案じるだけなら、「落ち着いた時に来なさい」で済む。

 病み上がりの王子をわざわざ“ただちに”呼ぶのは、用件が先にある時だ。


「分かりました」


 近侍は短く一礼し、必要以上の言葉を残さず去っていく。

 扉が閉まったあとも、室内には彼のきっちりした空気だけが残った。


 侍女が衣装棚を開ける。

 濃紺の上着。灰青の刺繍。王族用ではあるが派手すぎない服。

 兄たちより一段地味だろうと、見ただけで分かった。


「こちらを」


「ありがとう」


 レオンは袖を通した。

 布は上等だが、鏡に映る姿はやはり華やかではない。

 整ってはいる。けれど、場を支配するような王子の顔ではなかった。


 それでいい、と半分は思う。

 前世の自分は、目立たないことに何度も助けられてきた。


 ただ、王宮みたいな場所で目立たないのは、時々“好きに処理していい”と同義になる。


「本当に、お加減は……」


 侍女が言い淀む。

 名前をまだ聞いていないのに、彼女が本気で心配していることだけはもう分かった。


「倒れはしないと思う」


「そうであれば、よろしいのですが」


 倒れはしない。

 たぶん。


 でも、それ以上に気が重いのは別の理由だ。


 王に会うから緊張している、というより、何を押しつけられるのか分からない時の嫌さに近い。

 前世でも何度もあった。

 上が急に呼ぶ時は、大抵ろくでもない案件が降ってくる。


 無茶な納期。

 責任だけ重い調整役。

 誰もやりたがらない穴埋め。


 せっかく転生したのに、またそういう匂いのする場所か。

 笑えない。


 それでも、ここで逃げる選択肢はない。

 王命の呼び出しを無視できる立場ではないし、今の自分が拒否したところで状況は悪くなるだけだ。


 だからせめて、ひとつだけはっきりさせておく。


 もう、前みたいにはやらない。


 抱え込みすぎない。

 壊れるまで我慢しない。

 都合よく使われて、最後に捨てられる側にはならない。


 でも同時に、真面目な人間が踏みにじられているのを見たら、たぶん見過ごせない。

 その面倒な性分まで、前世と一緒らしい。


「厄介だな、ほんと」


 小さく呟くと、侍女は聞こえなかったふりをしてくれた。


 部屋を出る。

 案内役の近侍が半歩前を歩く。

 レオンはその後ろを静かについていった。


 宮の廊下はどこまでも整っている。

 白い石床。高い天井。磨かれた燭台。

 だが歩くほどに、居住区ごとの温度差が見えてくる。


 自分の部屋があった一角は静かだった。

 人通りも少なく、王子の居室ではあっても中心から外れている。

 そこから本館寄りへ進むにつれ、侍従の数も、兵の配置も、飾られた絵画の格も露骨に変わる。


 この宮は、誰が大事で誰がそうでもないかを、黙っていても教えてくれる場所だった。


 途中、広い回廊の向こうに別の従者の列が見えた。

 豪奢な色彩の衣服。磨き上げられた装飾具。

 第一王子の区域だろう。


 さらに別の方角からは、笑い混じりの大きな声と金属音が聞こえる。

 第二王子の周辺かもしれない。


 それに比べて、自分の周りには華やかさも熱もない。

 薄くて、静かで、どうとでも扱えそうな余白だけがある。


 王族の中の空気扱い。

 それがレオン・アルヴェインの立場だ。


 回廊を曲がるたびに、すれ違う者たちが頭を下げた。

 だが多くは、一瞬こちらを見てすぐ興味を失う。

 第三王子が王に呼ばれている。

 それは少し珍しい。

 けれど、宮中の空気が変わるほどではない。


「本当に軽いな……」


 思わず口の中で呟く。


 すると前を歩く近侍が、ほんのわずかに歩幅を詰めた。

 聞こえたのかもしれないし、聞こえなかったのかもしれない。

 どちらでもよかった。


 やがて、ひときわ大きな両開きの扉の前へ着いた。

 重い木材に、王家の紋章。

 左右には衛兵が二人。

 無言のまま、槍の石突きを床へ揃えて打つ。


 ここが父王の執務室か。


 レオンはそこで一度、立ち止まった。


 逃げたいわけではない。

 ただ、腹を決めるための時間が少しだけ必要だった。


 前世では、いつも流されてから耐える方を選んだ。

 だから最後に潰れた。


 今度は違う。


 無理をしない。

 安請け合いをしない。

 使い潰される働き方はしない。


 そのうえで、どうしても背負うなら、自分で順番を選ぶ。


 たぶん、この世界でも綺麗には生きられない。

 でも少なくとも、壊れるまで従うつもりはなかった。


 近侍が一礼して告げる。


「レオン・アルヴェイン殿下をお連れいたしました」


 扉の向こうから、低い声が返る。


「入れ」


 短い。

 感情が薄い。

 それだけで十分に分かった。


 レオンは息を吸い、肩の力を抜いた。


 扉が開く。


 広い執務室の奥、机の向こうに国王がいた。

 威圧感で押す男ではない。

 けれど、その目は息子を見る目というより、積み残しの案件を確認する目に近い。


 その右には、整いすぎた顔立ちの第一王子。

 静かにこちらを見ている。見下しているのに、礼儀の膜で綺麗に包んだ視線だった。


 左には、腕を組んだ第二王子。

 露骨に興味が薄い。

 呼ばれたから同席している、それだけの顔だ。


 予想以上に、揃っている。


 なるほど。

 ただの体調確認ではない。

 第三王子一人の問題として片づけるには、ちょうどいい席が用意されている。


 せっかく転生したのに、嫌な予感しかしない。


 それでもレオンは、内心だけでそう呟き、王の前へ進んだ。

 今度こそ無理をしないと決めたまま。

 その決意ごと試されるような視線を、正面から受けながら。



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